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月の光が夜を照らす中、ジレは一人、森を歩いていた。
バキパキと枝の割れる音が、革靴の軽快な音をかき消す。
くんくんと鼻を効かせ、ジレは人間を捜した。
「こっちか。」
人間を驚かすことが趣味な訳ではない。
だけど他にすることがない。
毎年毎年、人間を怯えさせてハロウィンらしいことをしても、心が満たされる訳でもない。
だけど他にすることがない。
ジレはただ、人間を捜した。
しばらく歩いて行くと、ジレはあるものを見つけた。
「…屋敷か。」
デカイな、とジレは思った。
「複数の人間のにおいがする…。」
屋敷の玄関まで来ると、彼はすぐに踵を返した。
そのまま入って驚かせても、面白みがない。
せっかく驚かすのだから、多少の面白さは欲しい。
ジレは屋敷の横に回り、視線を上げた。
「あそこからも人間のにおいがする。」
ジレの瞳には、屋敷の最上階…角部屋にあたる部分が映っていた。
「バルコニーがあるな。…あの距離ならこれを使う必要もないか。」
マントを見やりながらそう言うと、ジレはタンッと地面を蹴った。
跳躍した彼の体が宙に浮かぶ。
マントはただ、なびくだけだった。
音を立てずに、彼はバルコニーに着地した。
そして、静けさの中の激しさを演出するため、勢いよく窓を蹴破る。
部屋は、開け放たれた。
「きゃ…!」
やはり女のにおいだったか、とジレは自分の鼻の良さが素直に嬉しかった。
「ハッピーハロウィン、女。」
女はベッドから起き上がる。
天蓋のカーテンが邪魔をして、ジレから女の顔が見えなかった。
「え、あ、ハッピーハロウィン。びっくりした。こんな時間に何か用?どなた?」
ジレは怪訝に思う。
「……?窓から入ったんだぞ?少しは驚けよ。」
「窓から?…確かに風が入ってるような。じゃあ、あなたは泥棒さん?」
女のその態度に、ジレの怪訝は強くなる。
苛立ちを覚え、ジレは語気を強める。
「…もう一度言う。俺は窓から入ったんだ。」
「あ!そうね、ここって高くて大きいんだものね。凄い!頑張って登ったんだね泥棒さん!」
人間はこうも会話が通じないものなのか。
まともに人間と会話したことがないジレにとって、これが普通なのか異常なのかわからなかった。
「もっと驚けよ。」
「あら…ごめんなさい。人と話せることが嬉しくて、つい。」
人、か。
「泥棒さんは何を盗みに来たの?」
コツコツ、と足音を立て、ジレは女に近づいていく。
ジレの姿は、はたから見れば長髪の若い、人間の青年に見えるだろう。
顔も、人間として見ても整っている方である。
だが、彼は妖怪だ。
「泥棒さん?」
「…これを見ても。」
ジレはマントを後ろに翻し、両の腕でカーテンを開けた。
「これを見ても驚かないって言うのか⁉︎」
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