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recollections/episode 12 -3
翌日、紘唯に結人の提案を伝えた時、電話口で『まあ、どこでもいいけど?』とすぐに了承してくれた。
『で、どこにすんの?』
「うん、なんかおっきめの公園だって。あとからまたメッセージで送っておくよ」
『わかった』
そう言ってから紘唯はくつくつと笑い『でも、なんで公園?』と尋ねる。
「さあ、僕も理由は聞いてない」
『トモにも話してないんだ。サプライズでもしようと思ってんのかね』
「どうだろう。ただ、普通にピクニックしようって」
『ピクニック?男三人で?』
想像するとなんとも可笑しい絵面だ。でも、さすがに男三人だけというのはどうなのか、と話して別の提案もされていた。
「紘唯の奥さんと娘さんも呼んだらいいって」
『アイツがそう言ったの?』
「うん」
『それもまた変な感じにならないか?』
「そうかな?僕は構わないよ。この前紘唯のご家族にきちんとご挨拶できなかったし、紘唯がどんなパパなのかも見てみたい」
『そんなん興味あるの?』
「それを言ったら紘唯だって、なんでそんなに結人に構うのって話だよ」
『それは……トモと俺とじゃ話が違うだろ?』
「違わないと思うけど?」
友晴の場合紘唯を案じて会いたいと言っているわけではないが、家族のことも含めて近況を知りたいというのはきっと紘唯と同じだ。
紘唯は『うーん』と少し悩む様子はあったが『まあ俺も休日家族と過ごせて嬉しいからいいか』と納得してくれた。
OKがもらえれば、もうひとつ伝えておかねばならない。
「あと、来るときは手ぶらでいいからって」
『ん?……おう』
結人から詳細は聞いていなかったが、なんとなく考えていることはわかるような気がした。
「楽しみにしててね」
『……わかった』
きっと紘唯にも家族にも結人のことを好いてもらえる。そんな予感がした。
秋晴れの土曜日。結人と相談し、友晴と結人の最寄駅と紘唯の最寄駅のちょうど真ん中あたりにある公園を選んだ。
友晴は結人といつも通り最寄駅で待ち合わせ、公園に向かった。
「荷物多いね、どれか持とうか?」
駅のホームで尋ねると結人は「平気」と首を振る。
「そう……でも、いっぱい準備したね」
「そりゃね、やる気満々だよ」
「はは、そうだね」
結人の肩にはビニールシートが入っているであろう大きめのトートバッグがひとつと、背中にはぎゅっと何かが詰め込まれたリュックサック。その中身は聞かされていないが、きっと友晴も嬉しくなるものだということはわかる。
「結人とピクニック行くの、楽しみだった」
「……ん、俺も。今日は二人っきりじゃないけど、また今度二人でも来ようね」
「ああ」
こつん、と空いた手の甲どうしを軽く触れ合わせて結人は笑う。
手、繋いでくれてもいいのに。こんなに人目があるところで思ってしまう僕は君を好きだという気持ちで周りが見えなくなってきている。
これから紘唯とその家族に会うのだから、もうすこしシャンとしないと。結人のことはなんて説明しようか。今更考え始めたが、紘唯のことだ、きっとうまく説明してくれる。
僕の周りには僕のことをよく考えて先回りしていっぱい気を遣ってくれる人がたくさんいる。幸せで、実感する度泣いてしまいそうになるから、涙もろいねって言われるんだろう。
入り口付近に先に到着したのは待ち合わせ時間である十一時半の十分前だった。
公園の中は春になれば桜が咲き誇り花見客で溢れ、夏の頃には公園全体の樹木から蝉の声が絶えず聞こえる。今はちょうど少しずつ銀杏の葉が色づき始め、木陰のベンチに座って青空を見上げる老夫婦や、ぽかぽかと温かい日差しの下、芝生の上を駆け回る子どもとその親たちで溢れている。
「トモ、おはよう!」
「紘唯、おはよう」
待ち合わせ時間の五分ほど前に紘唯たちもやってきて、紘唯の横で妻が「おはようございます」と軽く会釈をした。
「トモ……それから結人くん、こっちが俺の奥さんの舞穂と」
「美冬です!」
紘唯と手を繋いだ小さな女の子がぺこりと頭を下げる。
「お、自分で言えてえらいな」
紘唯は娘の頭をよしよしと撫でて、「よろしくな」と笑った。美冬は元気に挨拶はしたが、すぐに紘唯の後ろに隠れてしまい「おいどうした?」と父に苦笑されている。
「きっと、結人くんがかっこよくて照れてるの」
「えっ」
「なっ、そうなのか?!」
結人が美冬と舞穂を交互に見比べて口元を押さえて照れている。それを見た紘唯は娘の様子と相まって焦り始め「パパの方がかっこいいだろっ」なんて聞いている。
「それは親バカってやつだよ紘唯」
「トモまでそんなこと言ってっ……」
隣で舞穂もくすくすと笑っている。「なんかすみません」と結人が頭をかき、舞穂が「いいの、ほんとに親バカなの」と話していて、すっかり紘唯の立場が弱くなってしまった。
「父の威厳が……」
「威厳のある父親なんて目指してたの?」
「……まあ、べつにそういうわけじゃないけど」
「じゃあ、気にするなよ」
しょうがないな、とようやく納得して、五人連れたって中へ向かう。
芝生の上は家族連れが他にもたくさんいて、各々バトミントンをしたり、ボール遊びをしたりと広い敷地の中で自由に動き回っていた。
「美冬も遊んでくる?」
「ん」
手ぶらでいいと伝えていたが紘唯はトートバッグを一つ持っていて、「ほら」と中のものを美冬に渡した。ひとつがシャボン玉、もうひとつは美冬がちょうど抱えられるサイズのボールだった。
「行っておいで」
「うん」
「お父さんもあとで一緒にするから」
美冬はこっくりと頷き、母に引き連れられて離れて行った。二人を見送る紘唯の後ろ姿はやっぱりきちんと父親でなんとも微笑ましい。
残った三人でビニールシートを芝生に拡げ、遠くで遊ぶ母と娘を見守りながらようやく座って落ち着いた。
「美冬ちゃん、今いくつなの?」
「六歳」
「そうなんだ……可愛いね」
「だろう?」
でれ、と表情を緩める様はかっこいい父親とは言いがたく、思わず噴き出し「なんだよ」と抗議された。「なんでも?」と言って笑い合い「二人だけで話進めないでよ」と結人が割って入る。
「ははっ、拗ねてる」
「拗ねてません」
すかさず紘唯がにやにやと笑い、せっかく否定したのに結人は明らかに不機嫌な顔をして説得力が皆無だった。
「まあ、舞穂にはトモたちとちょっと話がしたいからって言ってあるから、しばらくそっとしといてくれると思う」
「ん、気を遣ってくれてありがとう。僕のことは昔からの友達って言えばいいだろうけど、結人のことはなんて説明したの?」
「ん?まあ、友晴の仲いい子って言っといたよ。詮索するような奴じゃないし、俺の友達がピクニック行こうって言ってくれたって伝えたら素直に喜んでた」
「そうなんだ」
紘唯の気遣いも想像通りだが、妻も優しい良い人なのだとわかる。
「それとも……トモの家族だって話した方がよかった?」
「……それは、まあ、いつかはそうできればいいけど、無理しなくていいよ?」
「やめて、って言わないんだ」
「言わないよ」
結人に視線を向けると「俺も、同じ気持ちです」と真剣な面持ちで続ける。
「紘唯とは形は違うけど、ゆくゆくは結人と一緒に暮らしたいし、家族になりたい。ずっと一緒にいたいんだ」
「でも、まだ彼は高校生だろう?」
紘唯はじっと結人を見据え、茶化すこともこの前のように一方的に上から言うこともなく、ありのままの事実を問いかける。結人は「そうです」と静かに答えた。
「俺は、まだ学生ですし、高校を卒業してからもしばらくは学生のままです。でも、友晴さんとの将来のことは知り合ってからずっと考えていて、友晴さんを支えられるようになりたいって思ってます。俺の祖父母が飲食店を経営しているので今はそこでバイトとして修業させてもらっていて、きちんと資格をとってからは継ぎたいと思っています」
「親御さんは?それでいいって言ってるの?」
「はい。両親には友晴さんのことを伝えてあります。母は再婚したばかりで父は血が繋がっていないんですが……母は今まで家のことを俺が支えていた分、これからは俺の好きなように生きてほしいって思ってくれてます。だから、母にも恥じない人間になりたいし、友晴さんの隣にいても誰にも反対されないような人間になろうって思ってます」
「……そうか」
紘唯は結人の言葉を飲み込み、しばらく考え込む。
紘唯と結人が話す様子はまるで友晴の親にでも挨拶しにきたような雰囲気で、実の父より早くこんな話をしてしまってよかったのかな、と内心思ったが、白崎家の場合母がよしと言えばそれで解決しているようなものなので、またいつか父にも同じように伝えられればいい。
父より紘唯の方が気難しいのは間違いなく、昔からこんなに過保護だったかな、と考えてみたが、よくよく思い返せば思い当たる節がいくつもあった。
「紘唯、僕も忘れていたんだけど、紘唯は子どもの頃からずっと僕のこと、守ってくれたよね」
「……なんだよ、いきなり」
「紘唯の真剣な表情を見て、思い出したんだ。僕が泣きそうになった時、紘唯はいつも一番最初に“どうした?”って聞いてくれた。他の同級生となかなかうまく話せなくても、“俺がいるから”って言ってくれた。そんな紘唯がいたから、僕は笑っていられたし、たとえ自分が普通じゃないって知っても、きちんと前を向いて歩いてこられたんだと思うよ」
「……俺だって、トモがいたからいろいろ頑張れたんだ。お互い様だろ」
「うん。だからね、僕にとって一番の親友のヒロくんには、結人のこと、ちゃんと知ってほしいって思った。僕にとって結人は一番大事な恋人で、これから家族になりたい人なんだ」
結人の手をとると、一瞬びくっと震えたが結人はすぐに手を握り返してくれた。紘唯はその様子を見て胡坐をかいたまま膝の上で頬杖をつくと、はあ、と大きくため息をつく。
「……わかったよ、トモがどれだけ彼のことが好きか」
「ほんと?」
「うん。というか、トモの表情見てたらわかる。俺と最後に一緒にいた頃、時々泣きそうな顔してたのに、今は愛されて幸せだって顔に書いてある。おまえってほんっとにわかりやすい」
「……そうかな」
あーあ、と頭を抱えてから紘唯はまた結人をじっと見た。
「トモを笑顔にしたのがおまえみたいな年下の奴ってのはいまだに解せないけど、真剣なのは認めるし、トモにとってはおまえがいないとダメなのはわかった」
「……やっぱりめちゃくちゃ上から目線……」
ぼそり、と結人が言ったのを聞き逃さず、紘唯が「おい」と眉間にしわを寄せる。
「俺はな、一旦は認めるけど、親友として今後もずっと見てるからな。トモが不幸になるならいつだっておまえから引き離す」
「……自分は昔見て見ぬふりしたくせに」
「あ?」
「見て見ぬふりしたくせにって言ったんだよっ」
「結人っ」
急に結人が体を起こし紘唯に掴みかかろうとして慌てて止めに入った。紘唯はぴくりとも表情を変えず、じっと結人を見返している。友晴が押さえた結人の腕はちいさく震え、なんとか込み上げるものを自制しているようだった。絞り出した声もかすかに震えている。
「友晴さんが……どれだけつらかったかわかってんのかっ……あんたのことっ……ずっと――……。……俺は、あんたみたいには絶対にならないっ!二度と友晴さんに悲しい顔をさせないし、泣くのだって嬉しくて泣くのしか見たくないっ。あんたは俺が、友晴さんを幸せにするのを黙って見てろっ……!」
言いきってから結人は、ふー、ふーっと息を整え、ようやくきちんと座り直した。
周りの家族連れがこちらの様子の変化に気付き一瞬視線を集めたが、誰もそこそこ距離があったこともあり、すぐに元の穏やかさを取り戻していく。
紘唯はしばらく黙っていたが自分から口を開き「すまなかった」と友晴を見つめた。
「もう、謝ってもらったよ」
「いや、きっと今言わないと、こいつが納得しないと思って」
「その程度じゃ全然納得しないですけどね」
「結人っ」
相変わらず仏頂面の結人に、ははっと紘唯は乾いた笑みを漏らす。
「ほんっと、ガキのくせに……わかったよって言うしかないだろ」
「紘唯……」
「俺がトモを傷つけたのは事実だ。それはいくら謝ったって足りないと思ってる。だから、トモをまた笑顔にしてくれたおまえには感謝してる。俺ができなかったことをしてくれて、俺はかないっこないんだ。そんなのわかってる。だから……だからこそ、トモを頼む」
紘唯は結人に向かって頭を下げた。結人はじっとその様子を見つめていたが、はあ、と深いため息をついて「わかりました」と静かに答えた。
「友晴さんを傷つけたことは絶対に許せないと思いますけど、友晴さんにとってあんたが必要だってことも知ってます。だから、あんたのこと考える暇なんてないぐらい俺のこと好きになってもらうのでご安心下さい」
「……っとに生意気だな」
「どうとでも言って下さい」
結人はつんっとそっぽを向いて友晴の方に向き直り「友晴さんも覚悟しておいてくださいね」とにっこり笑った。
「まあ、お手柔らかに頼むよ」
「トモが油断してたらすぐ取って食われちまうぞ」
「残念ながらもう取って食ってます」
「そういうことは知りたくないんだよっ」
二人のやりとりに思わず噴き出して、「なんでトモはそんな暢気なんだっ」と怒られたが「今更だろう」と笑って返した。
「あの、そろそろ昼食の準備するので、パパさんは奥さんと娘さん呼んできてくれますか?」
「おまえにパパさんとか言われたくない」
「まあまあ紘唯」
また表情が険しくなりかけた紘唯の背中をなんとか押し、妻子のもとへと向かわせる。
舞穂と美冬はだいぶ遠くの方に移動していて、二人でシャボン玉を飛ばして遊んでいるのが見えた。秋晴れの空にふわふわと透明な球が浮かんでは消え、「すごいなあ」と大げさに褒めている紘唯の声が遠く聞こえる。
「結人、ありがとう」
「んーん、俺の方こそありがとう」
結人は友晴の手をぎゅっと握ると体を寄せて耳元で「ねえ」と囁く。
「あれって、友晴さんからのプロポーズってことでいい?」
「っ……」
一緒に暮らしたい、家族になりたい。確かにその言葉はどれもプロポーズだと言ってもおかしくないことで、口にするのが紘唯の前だったということに今更ながら顔が熱くなる。
「ちがうの?」
顔を覗きこまれ呼吸も忘れる。じっと見つめられてどくんどくんと心拍数が上がり、なんとか心を静めて「ちがわないよ」と言った。
「結人と、家族になりたい」
「うれしい」
「だから、早く大人になって」
「……うん」
時間は早送りできない。でも、きっと結人が大人になるまでなんてあっという間だ。今は今の時間を大切にして、大人になった君にもう一度家族になろうと伝えたい。
ぎゅっと握られた手がようやく離れていき、結人は「よし」と意気込む。
「友晴さん、準備するんで手伝ってください」
「ん、わかった」
結人が背負ってきたリュックサックの中を開くと、いくつかの大きめのタッパと水筒、それから使い捨ての箸や皿やコップまで出てきた。
「めちゃくちゃ準備がいいね」
「はい。はりきりました」
「何が入ってるのかな……」
「それは見てのお楽しみです」
タッパをビニールシートの上に並べ、ひとつずつ蓋を開けていく。色とりどりの混ぜご飯のおにぎりに、野菜やツナのサンドイッチ、おかずのタッパにはレタスを土台にして、プチトマト、からあげ、玉子焼き、たこさんウィンナー、アスパラガスのベーコン巻き、それから友晴の好物でもあるコロッケが入っている。タッパを一つひとつ開けてそわそわしているうちに紘唯たちが帰って来た。
「おいしそう!」
「わっ、すごい、こんなにいっぱい」
美冬がはしゃぎ、舞穂も腰かけてから「手ぶらでいいって言われてどういうことだろうって思ったんです」と微笑む。
「結人くんって料理上手なんですね」
「ありがとうございます。もともと料理が趣味なんですけど、将来は仕事にする予定なんで」
「へえ、すごいっ」
「お兄ちゃん料理上手だね」
「ありがとう」
妻と娘のはしゃぎように紘唯は複雑な顔をしている。友晴が「紘唯は料理しないの?」と聞いたら舞穂が「おにぎりも上手に握れないんですよ」と苦笑した。
「おにぎりぐらい俺だって握れるっ」
「パパより美冬の方がじょうずだもん」
「そうなんだ」
結人が相槌を打つと「そうだよ」と美冬が笑い、紘唯は黙るしかなかった。
「くくっ……紘唯、かっこつかないね」
「しょうがないだろ、人間得意、不得意ってもんがあるんだよ」
「ああ……そういえば、調理実習の時も紘唯は皮むきしかさせてもらえてなかったような気はするな」
「なっ、トモは余計なことばっかりよく覚えて……」
「いい想い出じゃないか」
ははっと笑ったら舞穂も美冬もからから笑う。結人も箸を配りながらくすくす笑っていて紘唯に睨まれていたが全く気にする様子はない。
紘唯は友晴の隣に座ると、ちょいちょいっと肩をつつき、小声で問いかけてきた。
「トモ、おまえ胃袋で懐柔されたんだな」
「そんな……ことはあるかな」
「やっぱりっ」
だって結人の料理大好きだもんな、と微笑むと紘唯は、はーっと長いため息をつく。
「何二人でこそこそやってるんですか」
はい、と結人が二人に箸と皿を差し出す。
「とにかく文句は食べてから言って下さい」
「文句なんてないだろ?なあ、ヒロくん」
「おま、こういう時だけその呼び方するな」
「いや、なんとなく」
くつくつと小さく笑って「ほら食べよう」と促すとようやく紘唯もおにぎりと卵焼きをつまんだ。
みんなそれぞれ好きな物をとり、結人が水筒からハーブティとポタージュスープまで出して来た時はさすがの紘唯も目を見開いていた。
「…………うまい」
「だろう?」
舞穂や美冬がおいしいおいしいと食べる中、紘唯が一人悔しそうにうなる。
「毎日だって食べたいんだ」
友晴が笑うと、結人が小声で「毎日だって作ってあげるって言ったじゃないですか、友晴さん」と囁くから紘唯が「おいっ」とすぐに間に入る。
「紘唯さんたちも、俺の料理が食べたかったら俺の店に来てくださいね。今はじいちゃんの店だけど、じきに俺の料理が並ぶようになりますから」
「私行きたい」
「美冬も!」
紘唯より先に妻子の方が声を上げ、紘唯は「わかったよっ」と渋々頷いた。
舞穂と美冬がいることもあり、食事は和やかに進んだ。あっという間にすべて食べ物がなくなると、結人は「実はですね」とリュックサックからもうひとつタッパを取り出した。
「デザートもあります」
「わーっ!なになにっ」
一番最初に飛びついたのは美冬だった。結人の元へ近寄り、タッパを覗きこむ。ぱかっと蓋を開けると中には梨のタルトがカットされたものが詰まっていた。さくさくのタルト生地につやつやと光る梨がぎゅっとたくさん乗せられている。
「おいしそーっ!」
きゃっきゃと美冬がはしゃぎ、結人の首に抱きついてぴょんこぴょんこと跳ねながら「はやくはやく」と急かすから紘唯が美冬を引き留めようとしたが舞穂に「紘唯さん」と止められてしまった。やきもち妬きか、はたまたただの親バカか。両方あるな。
「結人、こんなのまで作ってたのか」
「はい。ばあちゃんが友達から梨もらったみたいで、お裾分けしてもらいました」
「そういう時期なんだね」
「ですね」
ついこの前食べた林檎タルトのことを思い出し笑いかけると結人にもきちんと通じているようだった。それを見た紘唯は相変わらず仏頂面をしていて、「紘唯、梨大好きだろう」と問いかけると「……まあ」とすこし遅れて返事がくる。
「まあ、って紘唯さん大好物じゃない」
「……そうだけど……トモがこいつに教えたのか?」
「いや、たまたまだよ」
これは本当。結人の思惑に偶然も重なり、「はー、もう降参だよ」と紘唯が頭を抱え、「なんの話?」と美冬が首をかしげる。
「なんでもない。パパとお友達の話」
「ふうん?」
「ほら、美冬ちゃんケーキ一番大きいのあげる」
「ほんと?やったっ」
ますます美冬が結人に抱きつき、さすがに舞穂が「こらこら」と止めてくれて、内心ちょっとほっとした。
結人は性別問わず誰にでも好かれる素質がある。誰かと一緒にいるのをみたら、たとえ小さな女の子でもやきもち妬きになってしまう自分に苦笑する。紘唯のこと言えないな、と視線を向けると紘唯も同じような顔をしていて二人で静かに笑い合った。
「今日はごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした!」
帰りの電車は反対方向で、改札の中ホームに別れる前に舞穂と美冬がぺこりと頭を下げる。
「いえいえ。あんなのでよければいつでも作りますよ」
「ほんと?美冬また食べたいっ」
「いいよ」
「やったー!お店もパパに連れてってもらうね」
「ほんと?」
「うん!ね、パパ?」
結人と美冬のやりとりを後ろで静かに見つめていた紘唯は娘の期待の眼差しに耐え切れず「わかったよ」と微笑んだ。
「またな、トモ」
「ん、またね。僕も結人の店によく行くから、会えるかもね」
「……そうだな」
最後は穏やかに微笑むと、紘唯は去り際結人にも「またな」と手を振った。
親子三人を見送り、結人と友晴もホームに向かう。
「はあ、なんかどっと疲れたよ」
「俺のせい?」
「もう、そういう言い方しないの。紘唯と結人を見ててハラハラしたのもあるけど、単純に紘唯の家族に会うのに緊張したってのが大きいかな」
「お疲れ様、友晴さん」
「ん、結人もね」
電車に乗り込むと、まだ帰宅時間のピークは迎えていないこともあり、中はほどほどに空いていた。空いた席に並んで腰掛け、流れゆく車窓の景色を見つめる。夕焼けの橙色が車内にも差し込んで、深まっていく秋の気配に目を細める。
「友晴さん」
「ん?」
「俺、友晴さんに嫌な想いさせなかった?」
「嫌な想いって?」
「……昔のこととか、いろいろ持ち出して、あの人に食ってかかって……友晴さんが大事にしてる人なのにがまんできなくて責めることしかできなかった」
結人はまだ若いからこそ、己の感情を制御しきれないところがあるし、思ったことをそのまま口走ってしまうところがある。でも、結人が紘唯に伝えたことで友晴が嫌だと思ったことは何もなかった。
「いいんだよ、結人。むしろ、僕が言えなかったことを結人がかわりに言ってくれて、正直すこしスッとした。紘唯のことは大事だからこそ、言いたくても傷つけるって思ったら言えないことがたくさんあったから」
「……それなら、いいんだけど」
「ん、気にしないで。結人が言ってくれたこと、すごく嬉しかったよ。結人の気持ちに僕も応えたいって思った」
「うん、ありがとう」
電車の揺れに合わせて、肩が時折わずかに触れ合う。結人はリュックサックを抱えた手をそっと座席に下ろすと小指だけ友晴の指と触れ合わせ、それから電車の揺れに合わせるようにそっと寄り掛かった。
友晴の方からも小指を伸ばし、ほんのわずかに絡ませる。
「約束、またひとつふえたね」
「うん、俺が大人になったら、ね」
一緒に生きる、未来への約束。
早く大人になって。僕はずっと待ってるから。君もずっと待っててね。
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