始まりの終わり

1/1
前へ
/2ページ
次へ

始まりの終わり

 ヘビは卵を食べずに、フラフラと身体を揺らしている。  その胴体は飲み込んだ卵のせいか、ヘビとは言いがたい太さになっていた。  しばらくそうしていたかと思うと、ヘビはゆっくりと身体の向きを変え、木の幹の方に行ってしまった。  そして、巣から出て行く。  助かった、のか?  ヘビが行ってしまった方を見ていても、戻ってくる気配はない。  もしかして、満足したのか?  ヘビが食べた卵の数は合計二十六個。  丸のみ出来るサイズだったとはいえ、かなりの数だ。  腹がいっぱいになっていてもおかしくはない。  あのヘビの胴体は膨れて凄いことになっていた。  やっ、た……。  やった。  やったやったやったやったあっ!  俺は助かった。  生き残ったのだ。  天は俺に味方した。  最高の気分だった。  ガッツポーズでも決めたいところだが、今はそれが出来ない。  ヘビがいなくなった今、すぐに孵化する必要はないが、殻の中にいる必要もない。  俺は卵から出ることにした。  割れた殻の周りを蹴って、殻の穴をさらに大きくする。  やっと出られる。  身体が通り抜けられる程度まで殻を割り、俺はそこから外に転がり出た。  外だ! 「キイ!」  叫ぼうとしたら、甲高い鳴き声が出た。  モンスターだとさすがに日本語を喋るのは無理か。  まあ、いい。  今は外に出られたことを喜ぼう。  青い空。  木々の間から射す暖かな光。  俺はそれを身体いっぱいに浴びる。  ああ、気持ちいい……。  生きている喜びをこんなに感じたのは初めてだ。  しばらくその感動を味わっていたが、俺は現実に戻る。  俺ってどんなモンスターなんだ?  身体を見る。  毛が生えてなくて肌色。  指は三本で尖った爪が生えている。  視界には口の辺りから伸びるくちばしが見えていた。  何だか生まれたての雛鳥みたいだな。  胴体と腕の間には水掻きみたいなものが張っていた。  鳥系のモンスターか?  空を飛べるのなら良いな。  身体を起こし歩こうとしたらうまく立ち上がれず、ヨタヨタと二、三歩歩いて前に手をつくことになった。  もう一度チャレンジしてみたが、やはりうまく歩けない。  孵化したてだからか?  この脚力でよく殻が割れたな……。  火事場の馬鹿力ってやつか?  俺は歩くことを諦めて周りを見た。  残った卵は五個。  クラスの誰が中にいるのだろうか。  まあ、誰が中に入っていようが同じか。  俺が最底辺なのは変わらない。  卵が三十二個あったときよりかは、格段に食い物にありつける可能性は増えたが、無理かもしれない。  鳥系モンスターなら、食い物は親からの直接口渡しがあり得る。  後ろに追いやられ、親モンスターに近付けなければ食い物は貰えない。  五人のハードルは俺にとってはまだ高い。  他のやつらが孵化する前に、親モンスターが帰ってくればなあ。  そうすれば、親が持ってきた食い物は一人占めだ。  たくさん食べて他のやつらより早く大きくなれば、親から食い物を貰うのを邪魔されても、阻止することが出来る。  せっかく先に孵化出来たのだから、それを有効に使いたい。  でも、出来ることはないよなあ……。  巣の中には卵があるだけで他には何もない。  俺には早く孵化したというアドバンテージがあるだけだ。  あのヘビがもっと卵を食べていてくれれば……。  卵の数がもっと減っていれば、俺が勝てる可能性もあった。  そう、もっと卵の数が減れば……。  俺は巣の端にある五個の卵を見る。  これがなければ、俺は安心して成長することが出来る。  親モンスターの世話を俺一人で受けることが出来る。  動くことも逃げることも出来ない卵。  今なら。  今なら俺でも卵を減らせるんじゃないか?  なんとか立ち上がり、弱い足取りで卵に近付く。  卵を押すと、コロンと簡単に転がった。  いけるか?  転がった卵をさらに押して転がし、巣の縁まで動かす。  あとは……。  俺は卵に背を向けて、背中に卵をのせるようにして持ち上げる。  お、重い。  背中にのった卵は背中から落ちそうになったが、腕の膜で押さえてなんとかバランスを保つ。  そして、そのまま巣から押し出した。  背中が急に軽くなり身体が不安定になり、俺は横にべチャリと倒れる。  いてて。  むき出しの肌に、巣に使われている枝はチクチクして痛い。  あまり勢いよく倒れたくはない。  だが……。  俺は後ろを確認する。  そこに卵はない。  巣の中の卵は残り四個になった。  やった。  やった!  これなら俺でも出来る!  俺は続けて卵を落としにかかった。  同じように卵を背中にのせて、それを巣の外に押し出す。  一個減り、さらにまた一個減る。 「キイィ、キイィ……」  さすがに息が切れる。  時間がたつにつれてだいぶ足に力が入るようになったが、それでも俺の身体ほどはある卵を巣の外に出すのは一苦労だった。  あと二個だ。  急がなければ。  こいつらは俺と一緒に転生してきた。  ならば、産まれたのもほぼ同じはずだ。  いつ孵化してもおかしくない。  無抵抗のこのチャンスを逃すものか。  俺は卵を転がし端に寄せ、再び卵を押し出す。  あ、あと一個。  あと一個だ!  俺は疲れた身体を叱咤し、最後の卵を転がす。 「キィ、キィ、キィ……」  ちょっと、休憩。  俺は卵に寄りかかり、アゴを卵の上にのせ身体を休める。  疲れた……。  ふぅ……。  ……ん?  何か聞こえる。  コツコツという音。  そこから伝わる微かな振動。  まさか!  俺は卵を見た。  目の前で卵にヒビが入る。  こいつ孵化しかけてやがる!  ヤバい!  早く巣から出さないと!  俺は卵を背中にのせる。  卵の揺れが大きくなり始めた。  揺れのせいで背中から卵が落ちる。  動くんじゃねえ!  もう一度、卵を背中にのせ、今度は慎重に持ち上げる。  よし!  いける!  そう思った時、白い何かが落ち、背中から大きな鳴き声が響いた。 「キイイイ!」  この声は……!  俺は日本語でもないのにその鳴き声が誰なのかが分かった。  同じ転生者だからか。  それとも同じモンスターだからか。  理由は分からなかったが、鳴き声だけで俺には分かった。  俺へのいじめの主犯格だったやつだ。  ハハ。  ハハハハハハハハハハハハハ。  俺をいじめていたやつが。  何もすることが出来ずに。  俺に命を握られている。  こんなに嬉しいことはない。  背中の方からポロポロと白い欠片が落ちてくる。  必死に卵の殻を割っているのだ。  ささやかな抵抗。  俺は心の中でほくそ笑むと、足にグッと力を入れ、背中を押した。  背中がフワリと軽くなる。  俺は身軽になった身体のまま前に倒れ、仰向けになって目を閉じ、解放感に身を委ねた。  今度こそ本当に。 『これで終わりだ』  俺は前世で達成したことを、今世でも達成出来たのだ。  俺は強い。  俺は生きていける。  心に刻み込む。  俺はこの世界で生き残っていくのだ。  大の字になってスッキリした心持ちで、俺は大きく息を吸い込む。  その俺の上に、大きな影が落ちた。  俺は目を開き、目の前のものを見て絶望した。  end
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加