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夜の美術館は、昼間の静けさとは違いどこか寂しさがある。
月の光が照らす冷たい床を、アッシュブロンドの髪の少女が歩いている。長い睫毛に縁取られた極上の翠玉の瞳に、ぷっくりとした桜色の唇。袖のないワンピースから伸びる四肢は陶器のように滑らかでしなやかだ。
五歳くらいに見えるその少女は、芸術家がこぞって描きたくなるような眩しい美貌である。
壁にはいくつもの油絵が飾られているが、少女は見向きもしない。彼女に目的地はない。だが毎晩、夜の美術館を徘徊する。自分に気づいてくれる相手を探して。
退屈そうに欠伸をする警備員の前に立つ。しかし警備員は絶世の美少女に気づくことなく、眠そうに船を漕いでいる。
じっと見つめても、顔の前で手を振ってみても気づく様子はない。少女は諦め、事務室で働く学芸員の元へ向かうことにした。警備員の横を通れば、警備員は寒そうに肩を震わせた。……幽霊というのも侘しいものだ。
美術館の裏側に行ったとしても、研究で忙しい学芸員は気づいてくれない。八百年近く、同じことの繰り返し。
この土地に縛られてから、独りぼっちでいる時間が長くなった。気づいてくれる人はいない。美術館ができてから毎日のように人々を観察してきたけれど、話しかけても返事は返ってこないからつまらない。
もう、いつからこうしているのか忘れてしまった。
(……この世界にいるのは、もう嫌)
終わらない時間が辛い。誰も気づいてくれないことが悲しい。
誰にも気づいてもらえないなら自分を世界から消してほしいと、何度も星に願った。でも薄情な星は、遠くで輝くばかりで何もしてくれない。
空には星の他に、金色の月が天高く昇っている。あといくらもしないうちに日付は変わり、また空虚な一日が始まる。少女は小さな唇から吐息を漏らした。
「ねえ、そこの可愛いお嬢さん」
目の前にいたのは、月の雫を垂らしたような銀髪に薔薇水晶の瞳の美女。少しだけ自分に似ていた。美女は、穏やかに微笑んでいた。
「私のことが見えるの?」
「ええ、もちろん」
……久しぶりに自分を真っ直ぐ見つめ返してくれる存在がいた。そのことに心がさざ波立つ。
「今日はあなたに提案があってきたの。……ここで楽しい悪戯でもしてみない?」
少女は突然の提案に驚いたが……女性の話を聞くうちに、それに乗ることを決めた。
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