春、荷車に乗って

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栄依子は鼻の奥の涙をグッと飲み込むと 首をすっくと伸ばしました。 斜視の目を、きっと見はりました。 泣くもんか。 モンペの泥を払い セーラー服のリボンを結びなおしました。 敏夫は黙って 姉妹が下げていたアルミの水筒に 焼け野原のあちこちで吹き出している 壊れた水道管の水を汲んで 渡してやりました。 「いいか。  俺がいいというまで 毛布をかぶって 外を見るんじゃないぞ 空気が悪くて 目にも喉にも毒だからな」 これから徹る、上野までの焼け野原には どういう光景が広がっているか、想像もつかない。 妹たちにそれを見せたくないのでした。 敏夫は、妹たちに毛布をバサリと掛けました。 二人の姉妹は、兄の引く荷車にのって ゴトゴト、焼け野原を渡って行きました。 2人は言われた通り 毛布をかぶったまま、荷車に揺られてゆきました。 通りがかりった兵隊さんらしい人と 敏夫が何か話しているようなので 祥子がそうっと毛布を開けると その痩せた若い兵隊さんが、持っていたリンゴを一つくれました。 ありがとう……ございます 祥子と栄子はチョコンを頭を下げました。 毛布の隙間からちょっとだけのぞいた空は いつもと変わらぬ、のどかな春の空だったのです。完
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