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田舎編.最終話
いよいよ明彦が去る日が明日となった。
明彦は地域の人たちに挨拶まわりをしていた。おばちゃんの中には泣き出す人もいて、胸がちくりと痛む。おじさんはお酒をくれたり、遊びに来いよと笑ってくれた。
夜になって神楽団のメンバーが送別会を開いてくれた。大和とよく来ていた「浜や」で開催された。少しの間しか団員になれなかったことを詫びる明彦に、山野が気にするなと言う。当面は運営に山野が手伝うことになったらしい。その後は今の所、未定ではあるが心配するなと言う。
立川や山根が中心となって次々とメンバーがお別れの言葉をくれる中、ただ一人大和は全く話をしない。まるで初対面の時の様に、目を合わそうともしない。そんな大和を見て明彦の胸がズキリと痛む。
(きっとこれでいいんだ)
宴が終わり、寒空の中を明彦は一人歩来ながら帰路に着く。ふいに足を止めて、冬の星空を見あげた。
初めて見たあの日の星空を思い出す。
田舎への転勤。やさぐれていた明彦の目に飛び込んで来たのは、都会では見れない満天の星空。
気持ち悪いほどの無数の白い光が、空一面に散らばっていた。
それから。
秋祭りの時の、星空。
笛の音と、鉦鼓の音が風に乗って響いていた。
キラキラと輝いていたのは星空か、大和の笑顔か。
今こうして田舎暮らしを満喫できるようになったのも、地域の人達と大和のおかげだ。
(できる事ならもっともっと、長く居たかったよ)
大和と最後に話ができなかったことを明彦は悔やむ。でもそれでも良かったと、明彦は考えた。
このままだともっと大和を好きになっていただろうから。鼻がツンとして明彦は満天の星空の下で少しだけ、泣いた。
相変わらずの満天の星空。冷たい空気が更に星たちを輝かせる。
ふいに背中から腕が伸びてきて、明彦は背後から抱きしめられた。いつものタバコの香りだ。振り向かなくても分かる。
「や、大和!」
「ここにいろよ。お前がいないと駄目なんだ」
耳元で聞こえたその言葉にゾクリとする。
「頼むから、ここに居てくれ」
まるで愛の告白の様なセリフだ。
(何で、こいつはこんなこと言うんだ)
せっかく自分の気持ちを知られることなく去ろうとしていたのに。抱きしめられた腕をゆっくり開き、大和の方を見据える。涙を落としながら。
「明彦、お前、泣いて…」
(俺は今から酷いことを言う。お前を深く傷つける)
「離せよ。…お前の思ってる様な友情なんて、ないからさ」
それを聞いた途端、大和は驚いて目を見開いた。
(さようなら大和)
踵を返し、明彦は走っていく。
あの日一緒に見た星空の下を、独りで駆けていく。
【都会編へ続く】
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