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田舎編.5
奉納が終わったのち、明彦は境内のそばの石に座り休憩していた。秋の夜の風が肌寒い。
それにしてもやはり迫力があるなあとボンヤリしていたところ、山野が明彦を見つけて声をかけてきた。山野は烏帽子に袴という姿。舞台の左側で太鼓を担当していたことを思い出す。
「明彦くん、暇なら付き合ってくれんか」
境内の舞台を指差してそう言ってきた。どうやら片付いがあるようだ。どうせ家に帰ってもひとりだし、と快諾して舞台へ向かう。
舞台に上がると思っていたよりも狭く、こんなとこで舞うなんてと感心した。
「団長ー、これどうするん?」
男性が山野の所へ駆け寄り、話しかけてきた。
「団長…?」
「言っとらんかったかの。儂は団長をしよるんよ。名前ばかりじゃけど」
「何言っとるん、神楽団を立ち上げした本人のくせに」
山野を呼び止めた男性がそういうと、周りにいた数名が笑う。団長かあ、と明彦は驚く。だから色んな人との繋がりがあるんだなあと感心した。
すっかり神楽に惹かれてる明彦に、山野は気を良くしてさっきまで使われていた衣装を見せてくれた。
金糸銀糸を織り込んだ絢爛豪華な衣装は、手に取るとさらに美しかった。客席からは見えないであろう場所まで細かく刺繍がしてある。龍、亀、雲海、松など縁起がいいものが刺繍されていた。そしてこの衣装が20キロもあることに驚く。こんなに重いのに、軽々と舞っているなんて。
山野に礼を言い、さて何を手伝うかなと辺りを見渡していた。
「おーい大和、幕を下ろしといてくれ」
その声にふと顔を上げる。さっきまで舞っていた大和がいつもの顔に戻って作業していた。明彦は大和の方へ近づき、幕を下ろす作業を手伝い始める。
大和が意外そうな顔をしていたので明彦は俺だって手伝いくらいするよ、と言う。
「…お前さ、すげぇな。あんなに重い衣装着てさ」
ポツポツ、と明彦が呟くと大和はふっと笑う。
恐らくここに来て初めて自分に向けられた笑顔だ。
「身体、鍛えてあるからさ。俺は神楽やりたくてここに住んでるんだ」
「へ…!」
てっきり地元民だと思っていたが、そう言えば大和は方言を話していない。わざわざ移住してまで…と明彦は考える。
自分だったらそこまで出来るだろうか。好きなことがあったとしても恐らく自分にはそんな情熱はない。
それから大和は、片付けをしながら神楽について色々明彦に教えてくれた。今まで話すと喧嘩していた大和が、こんなに:饒舌(じょうぜつ)とは。神楽について語る大和の目はキラキラしている。
(好きな事があるってスゲーんだな)
結局、片付けが終わった後、大和と一緒に帰路に着くことになった。
「寒っ!」
神社を出て駐車場までの数分、風がかなり冷たくなっていた。
「もうすぐ冬だな」
空を見上げて大和が呟く。つられて明彦も見上げた。相変わらずの満天の星。どこまでも白い点が輝いてる。初めてここに来たときに見上げた、あの星空を思い出し、その時の話を隣で歩く大和に話す。あの時はやさぐれてたなあと。
「その頃よりはここの生活は楽しくなったか?」
答えをわかってるはずなのに、大和は悪戯っぽく笑う。
「まあな。皆優しいし、仕事も楽しいし…あと神楽を知ったしな」
「そりゃ良かった」
ははは、と笑う大和。
(…まあお前が悪いヤツじゃないってことも分かったしな)
その言葉は胸にしまったまま、車に向かった。
「あのさ、この前の秋祭りの神楽もこの神楽団がやってた?」
エンジンをつけ、ハンドルを握る明彦。近くまで大和を送ってやる。
「そうだ。土蜘蛛のときも、俺らがやって」
滑る様に、車が発進する。
「お前が男でも惚れるって言ってたやつ。あれは俺が演じてたよ」
「…ううう」
やっぱりか、と明彦。まさかの本人の目の前でそんなことを言ってたのだ。だから山野夫妻が笑ってたのか。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
真っ赤になった明彦の顔を見て、大和は吹き出した。
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