見つめ合い、笑い合う二人

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見つめ合い、笑い合う二人

その絵に目が釘付けになった。立ち竦むようにして、僕はそこにとどまり、じっと絵を見つめた。 本物の絵は、もちろんポスターよりも美しかった。色がぜんぜん違う。 それにしても、この風景、どこかで見た気がする。僕が生まれ育った処には、こんな風景は無い。昔は知らないが、僕が子供の頃から住宅が連なった風景しか見たことがない。祖父母のところ、つまり母の実家は、静岡県の漁師町なので、この絵とは様子は違う。父がたの祖父母は、信州だけど、僕が幼い時に亡くなってしまったので、夏休みの想い出はもっぱら海辺にしかなかった。 いや、まてよ、お墓参りかもしれない。最近は行っていないが、小学生の頃、何度か両親がドライブで連れて行ってくれた。あの時の... そうして、同じ絵の前でずっと粘っている僕は目立ってしまい、オーナーらしき初老の男性に声を掛けられた。 「この絵が気になりますか?」 は、はい。 「作家さんとお話になりますか?」 さ、さっか? 恥ずかしい話、僕はその時はじめて画家のことも「作家」と呼ぶことを知った。小説家・文筆家だけが「作家」と呼ばれると思っていた。 あっ、はい。 オーナーが連れて来た女性。奥の部屋から出て来た姿を見た僕は、驚いた。小柄で若い女性だったから。白いブラウスにベージュのカーディガン、ボトムはライトグレーのコットンパンツを履いている。目がクリクリとした感じで、ショートカットで、僕と同い年くらいに見える。肌が白くて、頬のところが少し赤みを帯びている。こんな女性(ひと)が画家なのかと思ってしまった。 「こちらが、作家の田辺友里さんです。」 はっ、はじめまして。とまで言って、その後が続かない。目があって、恥ずかしくなり思わず()らしてしまう。 「はじめまして。」 「あの、この絵。」 「この絵を気に入っていただけたようですね。」 その女性は、嬉しそうに微笑みながら、和やかにそう言ってくれた。 「そ、そう。どこかで見たような気がして。」 「そうなんですか。」 「あの、これは、どこで描かれたんですか?」 彼女は、フッと軽く笑って、でも嫌味の無いトーンで、 「これ、スケッチしたものじゃないんです。想像で描いたんです。」 「ソウゾウ?」 「心の中にある風景をイメージにして、それを徐々に(ふく)らませていったんです。そういう手法で。」 「へぇー、そうなんですか!」 「いつも心に浮かぶのを思い出して、少しずつって感じで。」 「そうか、だから、懐かしい感じがするんだ。」 「私、田舎臭いって友達から言われるんですけど、実は都内で育ったんです。」 「田舎臭いなんて、そんな。」 「お気遣いなく。イモっぽいのは自覚しています。」 いや、そんなことはない、君は、素朴で美しい女性(ひと)だよ、と心で思った。声には出せなかったけど。 「僕も都内です。杉並区。」 「私は、世田谷区。」 そう、そうなんだ、って感じで二人顔を見合わせて歯を見せて笑った。 画廊の中に場違いな若者の笑い声が響き渡った。 僕はなんだか、その笑いで満足してしまって、そそくさと帰ることにした。「ありがとうございました。」って、お辞儀をして、そしてくるっと振り向いて、出口に急ぐ。ドアのところで振り向いたら、彼女・友里が手を振ってくれていた。握手すればよかったな、階段を下りながら、ふとそう思った。きっと柔らかい可愛らしい小さな手だっただろうな、そんな想像もした。 そこから有楽町駅までどういう経路を辿ったか、よく思い出せない。熱がある時のように頭はボーっとしていた。ふらふらと進んだ。交通会館の前あたりで、左胸の下で胃の上あたりがキューンと縮こまる感じがして、少し呼吸困難になり、ドキドキする鼓動が耳の内側から響いて、何してんだ、何してんだ、何してんだ、ともう一人の自分がどこかでしきりに呼んでいた。早く、早く、早く。 どこからともなく聞こえてくるその声に促されて、僕は飛び上がり、そして駆け出していた。気づけば、全速力で疾走していた。目指すは、あの画廊だ!
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