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「ぶんちゃん、手首見せて」
「ん」
包帯止めを外すと、真っ白な包帯の下から痛々しい傷跡が現れる。傷口の周りをそっと指で撫でながら、藤枝は眉根を寄せて栄川を見た。
「うーん、大分良いけど……もうダメだからね。治り早くなるって言ったって、限界があるんだから」
「じゃあ、早く帰ってきて」
「ぶんちゃん……」
主旨を理解していないような返答に、困った顔で栄川を見返した。俯いてしまった青白く滑らかな頬に、そっと手を添える。
一日に必要な血液の量は個体差やその日の体調にもよるが、少なくともひとりの人間で賄えるものではない。数人から少しずつ、バレないように分けて頂くのが習わしになっている。
「今まで、帰ってこなかったことないでしょ」
「…………」
「もー……ぶんちゃん」
傷んでいない方の腕に触れて、自分の膝の上に促すと、のそのそと動いて腕を回してくる。
いつもより素直に言うことを聞くのは、それだけ堪えているということだろうか。
何も言わない栄川の細い手首を優しく掴み、傷口にゆっくりと舌を這わせる。
「……痛い?」
「っ、だいじょぶ……」
皮膚の下を流れる血管が、ドクドクと脈打っている。段々と速くなっているのが、栄川にも分かるはずだ。
誘惑に駆られないでもないが、本能のまま牙を立てるほど空腹でもない。
舌で触れた場所から赤みが引いていくのを確認しながら、時々キスを落とす。
「……飲まないの」
「ここが治ってからね」
「別に良いのに」
「だめ。俺がつけた傷以外は、早く治してもらわないと」
「じゃあ、こっちにつけて」
栄川が、首筋から肩にかけてを指でなぞった。ドクリと、今度は自分の鼓動が早くなるのを感じる。
さっきまで俯いていた視線が、今度は強請るような甘い色を帯びて藤枝に注がれた。
「…ダメだってば」
「してくれたら、治るまで我慢する」
「……約束?」
「約束は破らない」
「破らないのは知ってる。約束する?」
「…………分かったよ」
簡単な言葉遊びの末に、悔しそうな声で折れた栄川は、直ぐに気を取り直すと、「はやく」と藤枝を急かした。
「血を吸われたがる人間なんて、ぶんちゃんくらいだよ」
一度唇にキスを落とすと、首筋にゆっくりと顔を寄せる。命を握られる恐怖心か、更に早鐘を打つような拍動が、心地よいリズムで鼓膜を揺らす。
口を開けて歯をむき出しにして、柔らかい肌に牙を突き立てる瞬間が堪らない。その時だけは、自分が獣になったような気分になる。
「いただきます」
「……っ、う」
くぐもった呻き声と共に、背中に指がくい込むのを感じた。昨晩のことを思い出して、別の欲望を刺激される。
「美味しい……」
口の中を満たす血液を呑み込むと、上等な酒を飲んだような高揚感に包まれる。内蔵がほんのり熱を帯びて、その温かさが全身に巡っていく。
「……ふぅ」
「……終わり?」
「終わり」
普段より少なめに切り上げると、不満気な視線とぶつかるが知らないふりをする。
首筋に残った吸血の跡をひと舐めすると、ぐっと肩を押された。離れて欲しいのかと思いきや、後ろに倒れろということらしい。
「どうしたの?」
「俺も、欲しい」
「こっちだったらいつでもしてあげるんだけどな」
「それとこれは別」
「別かぁ」
後ろ手をついて2人分の体重を支えながら、藤枝は苦笑いで栄川が寄せてくる唇に応えた。
(おわり)
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