競技場

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競技場

 なんでこんなところにまで来てしまったんだろう。あらためて周囲を見回しながら、僕は心の中で呟いた。  円形の競技場には、既に多くの競争相手がエントリーしている。皆、一癖も二癖もありそうな面構えだ。僕のような者が、こんな連中を相手にしながら勝ち残っていけるのだろうか。ひたすら不安な気持ちに押しつぶされそうになる。  それにしても、なんで、この僕がここにいるんだろう。自分の生まれた小さな集落の中では、確かに体格的には大きな方だったから、そこが目についた、というだけのことらしいが、たったそれだけの理由で選ばれた僕としては、とんでも無い迷惑だ。およそ闘争心に欠け、他人と競争するなんてことには興味が無いこの僕が、こんな競技に参加するなんて土台無理な話なんだ。住み慣れた故郷でみんなと一緒に魚でも獲りながら、のんびり生きていたかった。  でも、ここに来てしまったからには、愚痴を言っても始まらない。優勝者に与えられるという栄光と名誉をひたすら信じて、戦い続けるしかない。  試合開始から三日目。既に半数の選手が消えていった。一回でも負ければそこで終了となるのがトーナメント戦のシビアなところだ。一瞬たりとも気を抜くわけにはいかない。  それと同時に、こういう長期戦に勝ち残るには、戦略も重要になってくる。初戦のほうでは体力を温存し、不利な戦いは可能な限り避けるようにして、ひたすら逃げ回ることに徹するという駆け引きも、戦略的には有効なのだ。実際、今までの三日間、僕はそうやって勝ち残って来た。いや、勝ち残ってきたなんていうのはおこがましいだろうな。何とか逃げ延びて来たというのが正確なところだ。それでも構わない。この劣悪な環境では体力の損耗をいかに最小限にとどめるか、といったことが後々大きく効いてくるのだ。  だが、さすがにここまで絞られてくると、もう逃げまわってばかりではすまされない。いよいよ自分の武器を使って闘わざるを得なくなってきたのだ。  くそっ、それにしても腹が減った。腹いっぱいご飯が食べたい!  今日も何とか相手を討ち取ることが出来た。既に深傷を負って動きが鈍くなっていた奴を背後から襲ったのだ。  俺の一撃を受けた時、そいつはぞっとするような、苦痛に満ちた声をあげた。いわゆる断末魔の声という奴だ。そして、ゆっくり振り返ると、俺の目を見つめた。そのまま見開かれた目から段々に光が消えて行き、最後に胴体がびくん、と一度痙攣すると、力なく地面に倒れた。横たわる頭部に開いた目が、まだ地面から俺を見つめ続けている。  自分よりもでかい奴の命を奪ったのなんて、これが初めてだ。自分にこんなことが出来るなんて思ってもみなかった。勿論後悔の念なぞ無かった。かといって、喜びも快感も無い。ただひたすら不安なだけだ。このままどうなっていくのか。俺は最後まで生き残れるのだろうか。生き残っていく奴らは、より強力で、狡猾で、しぶとい生命力を持ち、ますます手強くなっていくのだ。  怖い。生きていたい。死にたくない。故郷に帰りたい。くそっ、誰がこんな所に連れて来やがったんだ!嫌だ!嫌だ!もう沢山だ!怖い!死にたくない!  くそ、だんだん眠くなってきやがった……毒が回ってきたようだ。何とか敵を倒してへとへとになっていた俺の背後から毒矢を打ち込んで来やがった。けっ、まったく、毒を使うなんてアンフェアもいいとこだぜ。こっちは徒手空拳だってのによ……そうさ、ここではなんでもあり、勝ち残ることが正義ってわけさ、へへ。  まあ、これでやっと楽になれるな……今まで殺されていった沢山の奴らの顔がだんだん見えて来る。そうだ、あいつらは、ただ死んだわけじゃなかったんだ。恨みつらみの念を抱えたまま、ずっとここに漂って、ゲラゲラ笑いながら試合の行方を“観戦”していたんだ。そして、最後の“優勝者”が決定した瞬間、奴らの怨念が一斉にそいつに憑りつく。その物凄い念の力を背景に、優勝者は強大なパワーを得て、神のごとき存在として祀られる。それが奴に与えられる栄光と特典ってわけだ。  さて、ぼちぼち俺も観戦者の仲間入りか。殺し合いの為のコロシアムなんて悪い洒落だぜ、まったくよ。まあ、優勝決定戦は、面白くなりそうだな、へへ……。 蠱毒:古代中国より伝わる呪法。甕の中に、蛇、蛙、ムカデ、蜘蛛、サソリ等の毒虫や動物を入れ、そのまま封をし、互いに共食いをさせる。最後に勝ち残ったものは神霊となるとされ、これを祀ることにより、他人に呪いをかけたり、自分に富貴をもたらすことに使用されたとされる。 [了]
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