II

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岩壁の切れ目に入ると大きな空洞になっていた。しかし全く光の届かない暗闇だった。 先頭を進んでいたグリーマーが立ち止まった。手に持った松明をゆっくりと上に持ち上げて先を照らした。 その先に魔王がいた。 遂に魔王ラスバーンを見つけた。 灰色の巨体が上体だけを地面から這い上がらせており、隆々とした腕にある手の甲には古文書にある生贄の魔法陣と同じ紋様が彫られていた。下半身のめり込んだ地面は、得体の知れない亜空間に繋がっていた。 灰色の筋肉質な肉体にはサンテガルに刻まれた刻印と同じ模様が赤黒く発光して浮かんでいた。鬼のようにおぞましい顔付きに、サンテガル同様血に染まった赤い瞳がこちらを覗き込んでいた。 「これがラスバーン。オーガの顔に巨人の体、悪魔そのものだ」グリーマーが戦斧を構えて物言わぬ魔王を見上げた。 サンテガルはラスバーンを睨み付けていた。互いに似た風貌だったがサンテガルには人の心が残されていた。 古文書には『刻印者の生贄が光となり、ラスバーンを鎮めるだろう』と記されていた。ここでサンテガルが生贄となり死ぬ事になるのか、と私は思い詰めた。長い旅路の終わりが幼少から見守った我が子同然のサンテガルを喪う場所。私の胸の気持ちをえぐった。 しかし、私には胸騒ぎがしていた。そしてその覚えは確かなものとなった。 サンテガルが一歩、ラスバーンの前に歩み寄ると間を遮ってリサリーが魔王の前に立ちはだかった。 「魔王よ! 私が刻印者だ。この刻印を見よ!」 リサリーは胸をさらけ出し浮かび上がる刻印を露わにした。 その時だった。ラスバーンが雄叫びを上げた。 獅子の様な犬の様な例えようのない恐ろしい雄叫びだった。同時に地鳴りが起き、暗闇の空洞が揺れた。天井から巨大な岩が崩れ落ち、僅かながら陽の日差しが漏れた。 私もリサリーもグリーマーも皆、その雄叫びに尻込みし、膝をついてしまった。サンテガルは微動だにせず立っていたがリサリーを見つめていた。 刻印者が二人いる。古文書にこのような状況の記載は一つもない。どの様な状況に陥るのか、誰にも分からなかった。 呼砲を解き放ったラスバーンは再度リサリーを見下ろすとその隆々とした腕でリサリーを瞬時に捉え、顔面を近づけた。 リサリーは恐怖におののいていた。 サンテガルがとっさにラスバーンの目の前に立った。 「待て! 魔王ラスバーンよ! その者は真の刻印者ではない! 私を見よ! この姿を! 私こそが真の刻印者だ!」 リサリーを助けようとサンテガルは光が漏れて出来た陽の塊に立った。ラスバーンの赤い瞳にサンテガルが映り込んだ。 そしてくぐもった様な野太い声が空洞全体に響いた。 「サンテガル、我が分身よ。お前を通して旅を楽しませてもらったぞ。だがお前はまだ我に近くはない。我と同化するにはまだ、生贄が必要だ」 ラスバーンの手に握られたリサリーが目を見開いて苦しみ出した。声にならない声を漏らし始める。 「やめろ!!」動揺したサンテガルが叫んだがラスバーンはそのままリサリーを握り潰した。魔王の手から骨が軋む音と肉が裂ける音がし、リサリーの身体がちぎれて地面に落ちていった。そしてその肉片は瞬く間に青い炎に包まれ、灰になった。
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