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第1話 宙の彼方で <蠕動奇星怪獣ゼノワー登場>
ありとあらゆる漆黒を寄せ集めたような広大な宇宙空間を、その少女――ユゥは翔けていた。
容赦なく降り注ぐ苛烈な紫外線も、マイナス270℃の超低温も、窒息をもたらすはずの真空状態もユゥにとっては何ら障害にならない。このような驚異の環境適応能力を授かったのも、すべては大戦の残滓を狩り尽くすためだ。
闇の中に緩やかな輪郭を描く超巨大な影が、ユゥを歓迎するように浮かんでいた。ターコイズに似たその星は、そこに住む者たちから地球と呼ばれている。
ユゥは自分の両手首と両足首を包む推進力源の虹色エネルギー光輪の出力を徐々に落とした。そのままゆっくりと停止し、眼前の天体を無感動に見つめる。
――ここが次なる地か。
かつて訪れた別の恒星系の人々は皆、一様に地球の美しさを褒め称えていた。が、生憎と自分の心にはそういった感情は微塵も浮かんではこない。胸にあるのは必ず己が使命を果たすという固い決意のみ。それが、気の遠くなるほどの大昔から脈々と血に刻まれてきた運命であり、己の存在理由なのだ。
そのときユゥは“先客”の存在に気がついた。ユゥの遥か前方を、全長10メートルにも達する芋虫のような影がその巨体をくねらせながら地球へと突き進んでいる。ワームが持つ4枚の翼は、遠目にもはっきりと視認できるほどに光り輝いていた。その色はユゥの光輪と同じ虹色だ。
――パラサイト・ベム……逃がしはしない。
ユゥの光輪が瞬時に輝きを増したかと思うと、彼女の姿がフッと消えた。否、そう錯覚するほどの凄まじい急加速でワームの追跡を始めたのだ。その様子は、飢えた肉食動物が久々の獲物に出会ったときのように強い殺意に満ち溢れていた。なぜならそのワームこそが、ユゥが探し求める大戦の残滓の一匹に他ならないから。
ユゥは瞬く間にワームに追いつくと両腕の光輪をクロスした。輪の交わった一点から照射された虹色の光線が彗星のごとく闇を切り裂き、ワームを目がけて軌跡を描く。ワームがそれに気づいたときにはもう遅かった。命中と同時に鮮烈な閃光が迸ほとばしり、細長い巨体を容赦なく貫いた。穿たれた風穴からは紫色の毒々しい血液が流れ出し、真空に晒されて沸々と煮えたぎっている。
ワームは怯んだ様子も痛みに苦しむ様子もまったく見せない。そればかりか映像の逆再生のように損傷個所がみるみるうちに元どおりになっていくではないか。
巨体を翻したワームは興奮した様子でユゥと対峙していた。
全長10メートルにも及ぶだけあって、間近で見るワームには得も言われぬおぞましさがあった。全身は不規則に黒いラインが並ぶクリーム色の乾いた表皮に覆われている。さながら亡者の手のようにゆらゆらとうごめいているのは背中から無数に生えた細長い突起だ。顎の周囲には生きた蛇のような触手がびっしり揃っており、その上部に位置する宝玉のような3つの大きな目は広範囲に散らばる多数の獲物を補足できるに違いない。
面白い、と不敵な笑みを浮かべるユゥ。
ワームの気味の悪い見て呉れに対して嫌悪感を感じるなどという高次の心は持ち合わせていない。自分が眼前の生物を敵とみなす理由はもっと原始的なものだ。出自を同じくしながら自分とは真逆の立ち位置に身を置く者に対する本能的な敵意。言うなれば同属嫌悪である。
先制攻撃を仕掛けたのはワームの方だ。顎の無数の触手がユゥを捕縛せんと四方八方から次々に殺到。ユゥは腕と足の光輪を剣のように駆使してそれらを難なく切断し、すかさず反撃に転じた。狙うは柔らかい腹側。レーザーのごときスピードを乗せた右ストレートをお見舞いする。肉をブチ抜いた小さなユゥの手に、果肉を潰したときのような生々しい感触が伝わる。そんなことは意に介さず2発目、3発目、4発目……。先ほどの虹色光線はエネルギー消費が激しく多用は不可能。故にできる限り肉弾戦で敵の体力を奪ってここぞというときにとどめを刺そうというのがユゥの狙いだ。
だが無論、ワームも無抵抗ではない。自身の体の後ろ半分を鞭のようにしならせ、腹部にまとわりつくユゥを叩き潰さんと急襲する。対するユゥは瞬時に体を丸め、元の体勢に戻る勢いを利用した両足蹴りでそれを払いのけた。そしてワームが体勢を崩した一瞬の隙を突いて敵の眼前に躍り出る。
虹色の閃光が迸るが早いか紫色の鮮血が宇宙の闇に花を咲かせた。
ユゥの光輪に斬られたワームの右の目玉が潰れたザクロのような有様を晒している。
このまま押し切れる――そう確信し抱いた希望は刹那の後に戦慄へと変わった。普通の芋虫の臭角に当たる器官がワームの頭部から飛び出し、仄かに発光を始めている。
光線照射器官である。
今度はユゥが意表を突かれる番だった。ワームの器官から放たれた白色の極太レーザーの光がユゥの青ざめた顔を照らし出す。
ユゥの華奢な体は光の奔流に飲まれて跡形もなくなったかに思われた。が、間一髪で直撃を免れ彼女は無事だった。その右腕1本を除いては。
切断、などという生易しいものではない。まるで、初めから右腕が存在しなかったかのように綺麗に消滅しているのだ。左腕と両足が健在であるだけでも御の字だろう。
ユゥの片腕が消し飛んだことで虹色光線の照射能力を失ったとみたのか、ワームはここぞとばかりに大きな口を開けて真正面からユゥに襲いかかった。ユゥをただ殺すより喰らって自分の糧とする方が有益だと思ったのだろう。
ユゥは激しい痛みに気が狂いそうになるのを必死に堪え、迫り来るワームを見据えて不敵に笑っていた。
――これで私を封じたつもりだったのか?
交差したユゥの足首の光輪から撃ち出された虹色光線がワームの中央の眼球を抉り取った。これにはさすがのワームもとうとう耐久可能なダメージの限界を超えたらしく、たちまち戦意を喪失し逃亡。巨体を翻し、地球へ向けて四翼を羽ばたかせた。
――待て……。
霞む視界、痛む傷口、動かぬ手足――枷を抱えたユゥをなおも突き動かすものは呪縛にも似た使命感だ。それはきっとワームの方も同じだろう。
血みどろの死闘はひとまず中断され、お互い満身創痍のまま追走劇が開始された。
それは、このときはまだ誰も知らないできごとであった。
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