act.1 ペニーレイン

2/10
前へ
/83ページ
次へ
   航太には少々変わったところがある。  まずウェブ提出が主流のレポートが手書き。紙にびっちり手書き。先生方が何度パソコン使っていいんだよーと促しても手書き。  そしてその文字が印刷したかのような基準字体。その昔、建築科(うち)や商デの工業デザインコースでは一番最初にこのフォントを習得させられたと聞いた事はあるが、少なくとも現在はそこまで重要視されていない。  でも航太は、左手を器用に操りその文字をスラスラと書く。傍から見るとまるで魔法の呪文を綴っているようで、俺はいつもザワザワする。 「トモ、今日ひま?」 「またハセガワアートか」 「ノートのストックなくなりそう。生協は好みのないから連れてって」  大学ノートなんて何でも一緒だろ、生協オリジナル五冊パック398円超お得!と内心思う。そもそも品揃えが少ないのはルーズリーフ使用者が多いからであって。ノーパソ持込み可の講義が増えているからであって。だが航太には通じない。『好みの大学ノート』を手に入れるまで妥協する事はない。 「俺、5時半からバイト。時間来たら置いてくけど?」 「うん」  無表情だけど俺に対しては変に懐っこい航太の為に、いつも予備のヘルメットをシートに常備している。いいように使われてる気がしないでもないが、普段まず出来ないくらい密着出来るのが嬉しかったりするので、やっぱりコレは恋なのかも知れない。 「寒いから着とけ」とこれも常備している廃棄寸前のウルトラライトダウンを差し出すと、「臭い。いらんわ」とヘルメットを被る。でも航太はいつも『ファッションは我慢』を地で行くが如く真冬でも薄着なので風邪を引かせてしまいそうだ。 「着んなら乗せん」 「……………」  目を皿のようにして精一杯の抵抗を見せても、俺も退かない事を航太は知っている。臭かろうがペラペラだろうが気休めだろうが、俺が着ろと言えば着ざるを得ないのだ。『運転』の現場に於いて運転手は王様なのだ。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

518人が本棚に入れています
本棚に追加