act.1 ペニーレイン

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   二人乗りしたスクーターで学校から約10分。  市街地から少し外れたA通りは一昔前、画材や文具類の問屋がずらっと軒を連ねていた。そして今も個人経営の建築・設計事務所やデザイン事務所が点在している。  建築事務所のほうはドラフターで図面を引くのが主流だった時代にここは何かと便利だったんだろうと想像がつく。デザイン事務所のほうは俺が子どもだった頃、この一帯に大きな繊維会社が鎮座していた名残。  工場ごと埋立地の工業団地に移り、跡地が住宅地に替わって久しいのに、下請け孫請けのテキスタイルデザイナーが今もここで仕事を続けている。  そして残った問屋の中でもハセガワアートは老舗で、小洒落た大きな倉庫の隣に細長ーい店舗ビルを構えている。豊富な画材や紙類、全判パネルなんかもフツーに並んでいるお陰で市大(うち)のデザイン科生御用達とも言われている。  生協だと取り寄せになる製図用の細々した道具もここには揃っているから俺も時々は来るけど、航太の場合は主に一般向けフロアにしか興味がない。  機能性、ペンの滑りの良さ、手触り、そして見た目。航太的に全てを兼ね備えた大学ノート、ApikaDC15がいつもネット通販並みの二割引で買えるからだ。そして何より。 「がっしゅん〜〜♡」  ………ガッシュスクリーモ。  2008年に菱々鉛筆(株)から発売された油性ボールペン。それは航太の人生を変えたと言っても過言ではない。らしい。  従来の滲みにくさといった油性ボールペンの長所はそのままに、より軽く滑らかな書き味、乾きやすく手が汚れにくい点が特徴である。らしい。 ※左利きの航太にとってこれは非常に重要。  中でもシリーズの極細0.38ノック式三色ボールペン定価400円(無論ここでは二割引)が大のお気に入り。  apikaDC15との相性も抜群で、この二つがあれば延々と基準字体を書き続けられる。らしい。
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