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月の光の下であなたと出会う・3
教室の電気を消し、私と水元さんは公民館の出口へ向かった。今日の講座は英会話教室だけなので、奥の会議室も二階も真っ暗だ。宿直室のドアが開いていて、ブラウンさんとおじさんが真剣に向き合っているのが見える。
「宿直さんに呼ばれるなんて、何かあったのかしら?」
水元さんもそれに気がついたようで、しきりに首を傾げていた。
「ちょっと気になりますね」
「だよねぇ。次のときに聞いてみようかな」
春を迎えたばかりの北海道はまだまだ寒い。公民館の外に広がる空には、たくさんの星が輝いている。
「私、本当に嬉しいの。ここに引っ越してきたときから、娘さんのことは良く知ってるから。高校生くらいだったかな、彼氏さんを連れてきてたことがあるんだけどね。その彼氏さん、挨拶も出来ないイヤな感じの人だったの。姿を見なくなったから、やっぱりって思ってね。元彼さんには悪いけど、ちょっとほっとした」
イメージの中では、サクライさんの娘さんはかなりしっかりした人だった。
「それから一度も彼氏を連れてきたことないみたいで、サクライさん心配してたんだ。この話が出ると、必ずサクライさんは『今の時代は結婚が全てじゃないんだから、大丈夫ですよね』って締めくくるんだもん。イヤになっちゃう」
全然イヤそうじゃない笑顔を浮かべながら、水元さんが嘆く。
「じゃあ、サクライさんも安心ですね」
「そうなの! これで娘さんも幸せになれるんだね……本当に優しい子だもん。旅行に出かけるたびに、私にまでお土産を買ってきてくれるし。祖母がいた頃は良く話相手になってくれたっけ。お祝い何にしよう」
「それは迷いますね」
「でしょでしょ。式は挙げるのかなぁ」
「娘さんご夫婦は、サクライさんと一緒に暮らす予定なんですか?」
「え?」
「同居なさるのかと思いまして。それとも別々に暮らすんでしょうか。新居へ引っ越すなら、インテリア雑貨とかもいいですよね」
水元さんは宙を見つめたまま、固まって動かなくなった。公民館の前の歩道の上で、銅像のように佇んでいる。
「それって、寂しくない?」
一分ほど経過したあと、水元さんが呟いた。
「サクライさん、一人になっちゃうってこと?」
「うーん、町内に住むなら、時々遊びにくるでしょうけど。基本的にはそうなりますよね」
見開いていた水元さんの大きな瞳が、みるみる潤んで行く。
「そんな……」
どうやら、水元さんは純粋に娘さんが幸せになることを喜んでいただけのようだ。私のようにズルい人間なら、サクライさんが一人になれば、自分にもチャンスが訪れるのではないかと考えてしまう。
でも、水元さんは違った。
「大丈夫ですよ。サクライさんだってそれをわかった上で結婚を承諾したんでしょうし、娘さんの幸せよりも大切なものってないんじゃないですか?」
「そうか……だから、私の金魚も受け取ってくれたんだ」
「金魚?」
思わず聞き返すと、水元さんは昨年のお祭りで妹さんのお子さんがすくってきた金魚の話をしてくれた。なんでも、現在流行している漫画の影響で金魚すくいを覚えたらしく、一度のポイで十五匹もゲットしてしまったとか。これで五歳だというから、将来有望である。
「その話をサクライさんにしたら、じゃあウチでも飼ってみようかなって言うのよ。水元さんのところは、ペットを飼わない主義なんだけど……二匹だけ預かってもらってるの」
「寂しさを埋めるためってことですか?」
「そうなんだと思う……多分」
水元さんは俯いて、両手を顔に当てた。泣いているのかもしれない。こういうときにどう慰めていいものか、私にはわからなかった。とりあえず、水元さんの横で星を見上げてみる。
しばらくの間、静寂が続いた。
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