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6
よく晴れた夏空の下、昼前にやって来た特急列車に二人は乗り込んだ。
「また空いてるね」
「あー、でも帰りは途中から乗る人も多いよ」
ガラガラの車内で二人は行きと同じ位置の座席を選んだ。行きと同じように麻耶が窓側で、礼実が通路側だ。
程なくして電車が発車する。この田舎風景ともいよいよお別れだ。
「今日すっごい晴れてるよねー!」
「それ何回言うの……」
窓ガラスをすり抜け、顔を外に出す麻耶。行きもこんな風にして景色を楽しんでいたのかな。礼実も窓の外へ目を向ける。
「ねぇ、写真撮ってよ!」
麻耶はそう言うと嬉しそうにダブルピースをした。
「昨日も撮ったけど……何で写らないのにそんなに写真撮りたがるの?」
折角撮った写真に自分が写っていなかったら、分かっていても傷つくのではないか。礼実は昨日も感じた疑問を改めてぶつけてみる。
すると、麻耶は悪戯そうにニヤッと笑ってみせた。
「確かに写りはしないけど、でも旅行中の写真があれば礼実は私のこと忘れないでしょ?」
ほら、早く撮って撮って!麻耶が急かすので、スマートフォンのレンズを彼女に向けて、シャッターを切った。
澄みきった青空が美しく光を放つ。緑豊かな田んぼがキラキラと反射している。
礼実はスマートフォンに写ったその写真を懐かしそうに眺める。
「私が初めてここに来た時も、こんな感じで何もなかったなぁ」
「あ、やっぱり来たことあったんだ」
「小学生の時、家族旅行でね」
コンクールでいい成績を取れたご褒美に旅行にでも行こうか。父の提案で一度だけここに来た。車に揺られて三時間、どんな楽しい場所かと思いきや何もない田舎だったのでちょっとガッカリしたのを覚えている。
そんな中で最も印象的だったのがあの展望台からの夕焼けだった。
「アンタが旅行に行きたいとか言い出した時、真っ先に頭の中に浮かんだのがあの展望台だった」
「あの景色を私に見せてあげようと思ったの?」
「いや……」
麻耶の問いかけに、礼実は首を横に振った。
「多分、私が見たかったんだと思う」
そう、あの頃。無垢で純粋で何も知らない、真っ白な気持ちで夢を見られたあの頃に、目に焼き付けた美しい夕焼けをもう一度見たかったのかもしれない。
「そっか」
麻耶は相変わらず外を眺めていた。実体のない筈の瞳に太陽がキラキラと反射している。
「私、礼実と出会えてラッキーだったなぁ」
「どこが?」
「こんな素敵なところに連れてきて貰えたし、つんけんしてるけど意外と私の話も聞いてくれるし、それに……礼実のおかげで、色々と諦めがついたし」
諦めがついた、とは彼女がこの世に留まってあわよくば礼実の体を乗っ取ろうとしていたことだろう。あれだけの格闘の末、負けたのだから当然といえば当然だ。
「まぁ昨日のアレは礼実にとっては災難でしかなかっただろうし、ホント申し訳ないと思ってるけど、私にとってはいい経験だったなって」
言いながら麻耶は申し訳なさそうに眉を下げて笑った。そのことは確かに災難だったけど、もういいと言ったのに。
でも、諦めがついたと話した彼女の顔は何故だかスッキリして見えた。昨日自分で言っていた通り、彼女にとってはそれを成し遂げられるかどうかはあまり問題ではなくて、挑戦したことにこそ意味があったのだろう。
じゃあ、もうこの世に未練はないのだろうか。
「……あのさ」
気が付くと、勝手に口が動いていた。
「諦めなくてもいいんじゃない?」
麻耶が驚いたように振り向く。
「別に、誰かに乗り移ったりしなくてもこの世に留まる幽霊はいるよ。この旅行中もちょくちょく見かけたし」
「うん」
「そうなったら暇だろうけど……私で良かったら相手してあげられるし。まぁ、攻撃してこなければの話だけど」
「ははは」
ガタンと電車が大きく揺れる。微かに響く車輪の音に紛れる程の小さな声が、ポツリと落とされた。
「だから、ここにいてもいいよ」
煩いし、空気も読まないし、そもそも性格が合わない。でも、不思議なことに麻耶となら楽しく過ごせる。そんな気がした。
麻耶はというと、やっぱり笑っていた。優しくて、儚くて、今にも差し込む日光の中に消えてしまいそうな。そんな笑みだった。
「ありがとう、礼実。すっごく嬉しい」
そして、彼女はその笑顔を更に綻ばせた。
「……やった!じゃあ私の勉強の面倒見てね」
「え~?それが目的?」
「いいじゃん。自信ならたっぷりあるんでしょ?」
「そりゃそうじゃん。私、天才だから!」
その後、二人は思う存分話をした。まるでずっと仲のいい友達同士のように下らない冗談を言い合って、思いっきり笑い合った。まさかその内の片方が死んでいるだなんて感じさせないくらい、生き生きと喋った。途中の停車駅で乗ってきた客に変な目で見られたが、そんなこと構わなかった。
この時間が、今回の旅で一番楽しいと感じたから。
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