川の中のかねた

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川の中のかねた

オレは流れる川のど真ん中に立ち尽くしている。 膝丈の水深。川幅は100メートルくらいだろうか。流れは緩やかだ。 これ、渡るんだよね。でも、どっちに渡るんだろう。どちらの岸も石が転がっているのが見えるだけで、建物も人影もない。 バイトに行くまゆちゃんとバイバイして家に帰る途中の横断歩道で、立ち往生してる押し車のばぁちゃんがいた。誘導してたらバーンドーンって衝撃が来て、走馬燈が流れたよ。気がついたらここにいるんだけど。ばぁちゃんは大丈夫だったかな。 それはそうと、走馬燈って朝からのなの?短くない?オレ、人生を振り返るものだと思ってたんだけど。 今日も一日わりと頑張った。 弟に500円まだ渡してないし、授業終わり最後に我慢出来なくておならしちゃったけど。 バイバイの時にまゆちゃんにキスしたかったな。あ、夜電話するって約束したのに。 家の夜ごはん、すき焼きって言ってたなぁ。食べたかった。母ちゃん、春菊と椎茸いれるのやめてくれないかな。肉と白滝と豆腐があればいいんだけど。 水圧を感じない静かに流れる川。 空の色はよくわからないけど、なんか薄い。 やっぱりどちらに渡ればいいのかわからない。 テレビで観たような、こっちに来いとか、あちに行けとかいう声もない。 ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な・て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り! ……いやまて。かみさまの言うとおりにしたら、あっちに行っちゃうんじゃないの? それにこれって、最初に指差した時点でどっちになるか決まっちゃってるんだよね。「ど」を決めるの、もっと慎重にした方が良くないか。 そしたら靴投げて決めるか。……って裸足だし川だし。 なにかないかとポケットを探ると、500円玉が一枚だけ入っていた。 さっき見た走馬灯を思い出す。 どちらに行くか、かみさまじゃなくて、自分で決めた。 硬貨を指で弾く。 思ったよりも高く、キレイに真上にあがったのを手の甲で受け止める。そっと開いて、確認した。 さぁて、行くか。 オレは足を踏み出した。
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