最終決戦だるまさんが転んだ

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 1VS13。  この意味が分かるだろうか。  1とは唯一を示す。この場合、彼は唯一で孤高の獣。  13とは、悪魔の数字。タロットカードで言うところの死神を表し、日付が金曜日と重なれば、チェーンソーを持った男がやってくる、曰くの数字。今回、俺は13側の騎士である。  その1と13が、本日13時10分に、負けられない戦いを行う。その戦いの名は――。 「だーるーまーさーんーがー」  戦いは始まった。俺は残りの12人に目配せし、歩を進める。孤高の獣まで30メートル。あまり大きく体を動かしてはいけない。なぜなら――。 「転んだ!」  掛け声は、一定のリズムを刻むとは限らないからだ。俺はあらかじめ「がー」の部分で体の動きを止めていた。 「ふむふむふむ」  孤高の獣が、13人の騎士を舐め回すように見る。一歩でも動けば、食われてしまう。 「どうやら、全員止まったようだね。今回は見逃そう」  獣は、俺らから顔を背け、俺らには背を向けた。一筋の汗が、頬を流れる。 「だー」  獣のうめき声が放たれた瞬間、騎士は走り出す。 「るまさんが転んだ!」  まずい!2声目でこの早さは予想していなかった!獣が振り返るより先に、体を止めねば……!沈まれ、俺の慣性! 「はい、川崎、有本、アウトー」  なっ……。俺の左右を守っていた川崎と有本が食われてしまった。どうやら、慣性に負けて、体が前に倒れてしまったようだ。川崎……、有本……。お前たちの敵は、必ず、俺が……! 「じゃあ次行くよー。だルマサンガコロンダ」  くっ……。逆に今度は間髪が早すぎて、動くことができなかった……。 「笹川、アウト。声が聞こえたらすぐ動く反射神経は認めるけど、それがあだになるとはね」  騎士の中で最も早い反射神経を持つ笹川がやられた!一瞬の間は、彼にとっては最大の敵だったのだ!騎士の残り、10人。 「さあ。次で4回目。7回までに僕に触れられなかったら、君たちの負けだから……分かってるよね?」  俺は気付かれないように、生唾を飲み込んだ。 「だーるまーさんがーこーろんだ!」  スタンダード!俺はうまい具合に距離を詰めることに成功した。周りの九人も同じだ。獣までの距離、15メートルを切った! 「君たちに言うのを忘れてたけどさ」  獣は言った。まるで、俺たちをあざ笑うかのように。 「今日は、春一番が吹くらしいんだ」  突如。突風が俺らを襲う。グラウンドを駆け抜けた風は、砂埃を含みながら俺らを食んだ。それはまるで、獣から放たれた魔法のようだった。 「はい、星野、荒木、水沢、アウト。風が吹いたら、反射的に防いじゃうもんね。生物学的には、君たちの方が正しいよ」  一気に3人が持ってかれた!これが、獣の力か……! 「おっと、まだ動いちゃあ駄目だぜ。僕が見てるんだから」  握りしめたくなった拳を、俺は必死に抑えた。獣の目は、俺を見据えていた。どうやら、俺の性格を知っての言葉だったようだな……。 「じゃあ、次。5回目。だるーまさーんがー」  残り3回だから、少なくとも5メートルは詰めたい。早すぎず、遅すぎないスピードで獣に向かう。 「ころんだ!」  止まる。ここまで残った俺含め7人、全員がきっちり止まった。まるで、ここだけ時間が切り取られたかのようだ。順調。これは、勝てる! 「あー!後ろで河合ちゃんのスカートが捲れている!」  なん……だと……⁉俺のクラスで、最も可愛い、河合ちゃんの、スカートが、捲れている⁉これは、振り返らずには――。 「児嶋、丸山、大城、田中、高木、アウトー。ダメじゃないか。女の子のスカートを覗いちゃあ」  まさか、この獣は。俺らの純情を弄んだのか――。 「ちょっと杉本!なんでそんなこと叫ぶの!サイテー!」  いや待て!この声は、河合ちゃん⁉まさか、本当に⁉俺は、今の捕まった児嶋丸山大城田中高木を見た。こいつら、捕まったのになんて満足した顔をしていやがる。 「さあ、残るは内山と――里田。君たち二人だけだ」  獣は、俺と、内山を交互に見る。冷たい汗は、額から頬から、幾筋にもなって流れている。 「あと2回。これで僕を捕まえられなければ――君たちの、負けだ」  さっきまで、ほんのついさっきまで13人いたのに。いつの間に、俺らはここまで減ってしまったんだ! 「さあ、6回目。行くよ。だるまさんがー」  ここで欲を出してはいけない。最後の7回目で、飛び込みができる位置にいればいいんだ。だから、ここは3歩だけ進めばいい。残りの距離は、次で補えるから――バカ!何やってんだ内山、お前、近づきすぎだ!いや、ここでやるのか、内山――⁉ 「ころんだ!」  ダメかー!すんでのところで、内山、届かず!逆に、これは、ピンチだ……。  近づきすぎると、微細な表情の変化も見つかってしまう。頼む、内山。耐えてくれ……。  その時。先ほどの春一番が、再び俺らを襲った。  2度目は効かんぞ――。  そう思っていた。が。幾筋にも流れた汗が、突風によって軌道を逸れた。軌道を逸れた汗は、俺の目と、鼻の中へ入った。  目は耐えられるが、鼻は……。  く、くしゃみが……。早く、次の、7回目のチャンスを――。だ、ダメだ……。  俺は、それでも、ばれないように、小さなくしゃみを―― 「ヴァアアアクッショオオオオイイドルドボウゲエエええええ」  俺のくしゃみより少し先に、怒号が鳴り響いた。獣の目と鼻の先にいた内山が、超特大のくしゃみをしていたのだ。目と鼻の先。つまるところ、内山から発射された体液は、獣の顔面を捉えていた。 「……内山、アウト」  どうやら、俺のくしゃみは内山に助けられたようだ。サンキューだぜ、内山。俺は心の中で親指を立てた。 「とんだアクシデントだよ、これは。でもいい。次で7回目。これで僕を捕まえられたら、君の勝ち。僕を捕まえられなかったら、僕の勝ちだ。いいね?」  どこまでも狡い奴だ。ここで俺が首を縦に振ったら、それでアウトにするつもりだったんだろう。 「じゃあ、行くよ。7回目。だーるーまー」  3歩の助走と、飛び込み。それで、このゲームは、勝てる!  道筋が見えた。勝利に酔いしれる俺たち13人の騎士の姿が目に浮かんだ。 「サンガコロンダ!」  すでに、俺は飛んでいた。空中でのこの姿勢を保ったまま、獣に触れ、地面へ着いた時にも同じ姿勢ならば、俺の勝ちとなる。貰ったぜ、この勝負!  俺は体を硬直させ、地球の重力が引っ張るままに、体の所存を任せる。  俺の両腕は伸び切っている。届け……届け!  なっ!  俺の伸ばした両の腕は、獣の肩をすり抜けた。俺の顔が獣の顔とすれ違う時、獣は不敵な笑みを浮かべた。それは、獣の勝利宣言だった。  俺の腕は、獣の肩を抜け、胴を抜け、腰を抜けた。ふん。こうなったら、悪あがきだ。  俺は試合に負けた。だが、勝負では負けたくなかった。  すり抜けた俺の手は、獣のズボンを掴み、そのまま重力方向へと落ちていった。  獣の白ブリーフ姿が、校庭に映し出された。  河合ちゃんのパンツが見られなかった仕返しだ。こんちくしょうめ。  最後に笑っていたのは、試合に負けた13人の騎士だった。
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