その男、深水優響

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その男、深水優響

 あれは、高校2年に進級した朝のこと。  学校に続くなだらかな坂道は桜通りと呼ばれていて、道の両側には満開の桜が美しさを競うように咲き誇っていた。  そのなだらかな坂の途中で、1人の男子生徒が桜の木を眺めていた。  人よりも長身なその男子生徒は、桜の木に手を伸ばした。  細い枝の先に届きそうで、でも届かない。  彼は微笑して、前髪をかき上げた。  そして何事もなかったように、両手を制服のズボンのポケットに突っ込んで校門に向かって歩き出した。  その時風が吹いて、彼の後ろ姿に桜吹雪が静かに舞った。  ひと言で表現するならば、それに美しい以外の比喩は見付からない。  幻想的なその姿に、それが夢か現か区別がつかなくなるようだった。  まるでスロー再生したかのように、アタシの心には映っていた。    彼の背をただ呆然と見送っていると、後ろから肩をポンと叩かれた。 「花恋(かれん)ちゃん、おはよ!」  えっ、誰だっけこの人?  この学校にアタシを名前で呼ぶ人なんて、いる?  確か、去年同じクラスだったような?  このグイグイくる圧迫感。  あ!確か学級委員とかやってて、誰にでもフレンドリーな感じの… 「豆野さん?」 「友香でいいよ。同じクラスになれるといいねっ」  名前を間違わずに済み、ホッと胸をなで下ろす。  彼女は豆野 友香(まめの ともか)、小柄な黒縁眼鏡の真面目な女の子。  学級委員をやっているだけあって、誰とでも平等に付き合えるタイプ。  アタシとは真逆。  アタシは… 「花恋ちゃん、行こっ!きっとあれクラス発表だよ!」  友香に手を引かれ、校門から昇降口まで走った。
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