第1章 松葉

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一晩を実家で過ごした艿音(じね)は、翌朝帰ってくると、お土産を沢山持たされたのだと莉堵に話した。 「皇宮に上がる姫様にお供することになったと言ったら、姫様にとあれもこれも持たせようとするんですもの。」 言いながら、艿音は荷物を広げていく。 可愛い形のお菓子から、小物の類など、樹の国を旅立つ前に寄った清梛(すな)の部屋を思い出す。 その中に、祝い箸の先を綺麗な色紙を重ねて結んだものがある。 「まずはこちらを。」 艿音は意味有り気にそう言って、その祝い箸を渡してきた。 莉堵ははっとして、ちらりと周りを窺ってから、そっとそれを受け取る。 部屋の中には、今は艿音と2人きりだ。 遠くに警護の者の姿はあるが、大丈夫だろう。 莉堵は祝い箸を束ねる色紙をそっと外して解いた。 幾重にも重なった紙の一番内側の白い紙に、文字が書かれている。 莉堵はそれをそっと広げていく。 『待つ、という貴女を早く取り戻したくて、箸を贈りました。貴女の忘れていった紅色の台座で遊ぶ青い蝶を貴女の髪に飾りたい。愛しい貴女の姿を見、声を聞き、早くこの腕に抱く為。』 結び紙に書ける言葉は少ない。 それでも、目立たずやり取りをして、万が一見られても誤魔化せるようにとなれば、この程度がやり取り出来る限界だろう。 莉堵は、渡津依の筆跡()で綴られた短い手紙を胸元にぎゅっと抱き締める。 昨日の莉堵の手紙も、結び紙に白い花の礼を書き、貴方を想って切ない松の葉、と結んだ。 具体的な名も、取り戻して欲しいとも、待っていて欲しいとも書けなかった。 それなのに、渡津依は莉堵の想いを汲み取ってくれたのだと思うと、嬉しくて、切なくて、目頭が熱くなった。 「どうしよう。私、本当に渡津依様が好き。」 ぽつりと呟いた莉堵に、艿音が少しばかり呆れたような目を向ける。 「海の国の者というのは、荒くれの海賊擬きを使って、海の向こうの国とすらやり取りをする、お金が第一で愛想笑いしかしない者達、と聞いたことがございますよ。」 その偏見の塊りのような艿音の発言に、莉堵は思わず小さく吹き出す。 それに艿音が、厳しい目で咳払いしてきた。 「そういう人も、いるかもしれないわね。でも、渡津依様はきっと違うと思う。愛想笑いを浮かべているところなんて見た事もないし。お金が第一なら、私の事なんか見向きもしなかった筈だわ。」 優しい気持ちになってそう口にすると、艿音がまた呆れたような、でも先程よりは温かい溜息を吐いたようだった。 「はいはい。では次に参りましょう。」 次々と披露される艿音の実家からのお土産に、莉堵は喜んだり、引きつったり、忙しく表情を変えながら、穏やかな時間を過ごした。 部屋に、莉堵の為に付いている側仕えの女中達を呼んで、艿音の実家に失礼にならない程度に彼女達に下げ渡すことにする。 既に樹の国から沢山の荷物を持ってきている莉堵は、本当は何も要らないのだが、艿音がどうしてもという物だけ、頂いておくことにした。 女中達がそれを広げて見ている間に、莉堵は渡津依から貰った手紙の中身について考えてみた。 紅色の台座に遊ぶ青い蝶、というのは、もしかして海竜の和悟之と維矢留から貰った櫛のことだろうか。 それを敢えて莉堵の髪に飾りたいと渡津依が言ったことには、何か意味があるのだろう。 都には、皇帝を守る為に人ではないものを弾く為の仕掛けが幾つもあるのだという。 だから、狐の子の久樹李(くずり)も海竜の維矢留も都に付いてきて貰う訳にはいかないと思ったのだ。 莉堵は少しだけ不安な気持ちになりながら、胸元に仕舞った手紙をそっと着物の上から押さえた。
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