この花咲くや散りぬるや

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 卒業証書の入った筒を持ったまま、シオウザクラの袂にきた。根っこのところに何か黒いものが置かれている。 「……俺の傘?」  母さんが元気だった頃に買ってきてくれた紺色の折り畳み傘だった。開いてみるとまだ少し水滴がついていた。  なんでこんなところに置いてあるんだろ、と思いながら地面に寝そべった。日なたの土は温かく、やわらかに俺の背中を受け止めてくれる。  そよ風に桜の枝が揺れた。青い空に散りゆく花びらはヒラヒラと舞い散って俺の頬にそっと落ちる。  第二ボタンを空に投げてみた。なぜか落ちてこず、不思議な気持ちで枝葉を見つめる。  咲くやこの花……  青い空のかなたから優しい歌が聞こえて、俺はそっと目を閉じた。  遠い記憶のはてに誰かの笑顔が見えた気がした。              (おわり)
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