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忘却切符
世界には色がある。それは朝目覚める瞬間に見えて、しばらくすると不透明になる。人間とは不思議なもので、必ずしも覚えていない瞬間が存在する。強い酒を飲んだ時だったり、記憶が曖昧な時ではない。見惚れてしまうような夢やべったりとした地獄のような夢、それらが覚めた時だ。
目覚める瞬間を誰しも覚えていないのは、そこに世界の色を見たからなんだと、竹田は思っている。自分の生きている世界が今はこんな色であると、機能していない脳がそう判断する。
今、俺の世界は鈍色だ。唾のようにぽつぽつと降る雨の空、灰色と白が混じったような汚い空。長時間見続けていると死んでしまいたくなるような色、だから神は人へ記憶に残らない一瞬を与えるのだろう。あんな色を見続けていると俺は本当に死んでしまいたくなる。
竹田優也は大学三年生。何も夢が無いままここまで進んできてしまった。所々に眩い色もあったが、それも全て忘れてしまった。
人生はやり直せない、そんなことは分かっている。分かっているから俺は今更抗おうとはしない。今ある鈍色を一瞬だけ眺めて、そのまま終わっていく。過去は眩くても現在は鈍色で、未来は漆色のように暗い。刹那の鈍色を眺める、いくら詩的になったところで変色することはないんだから、これでいいんだろう。だからこそ今輝く鈍色がずっと続けばいいと思っていた。不安定なまま、過去に悔いて未来に怯える、どっちつかずの現在が永遠に引き伸ばされてしまえばいい。栞を挟まない小説、志も無いまま夢という名の穂は育つことなく、それでいて枯れることも無い。そんなアンバランスが前にも後ろにも進むことなく続いて欲しい、そう常々感じている。
6月初旬、これから雨季に差し掛かる不安定な時期は竹田にとって居心地が良かった。はっきりとしていないからこそどちらにも転がる。どっちつかずが一番楽なのだ。
しかしこんな退屈な毎日にも、よく行く場所は設定されている。池袋のカフェに入り浸ってはパソコンのメモに何かを書く。たったそれだけだ。チープな苦味の香るアイスコーヒーで口を湿らせ、喫煙ブースに向かって煙を燻らせる。この世界が鈍色だなんて、誰もが分かるだろう。
夜22時半過ぎ、歩き慣れた道は少ない街灯で照らされている。目を瞑ってでも進むことができる帰り道を辿り、月明かりに照らされた白いマンションに行き着く。グレーの階段を上がり、光を跳ね返すようなポストを覗く。どうせ水道のチラシだろうと思っていた竹田の目には見慣れない箱があった。
ダイヤル式の錠を開け、箱を手に取る。画用紙をいたずらに塗ったような、稚拙な黒。普段ならこういうものは家に帰ってから開けるものだが、何故かその時は気になってすぐ開けてしまった。
中には切符のような紙が4枚と白いA4の紙、小さなペンチが1つ。なんだこれ、と呟きながらエレベーターに向かう。箱の中身につられてしまっていたのか、部屋に戻る最中はあまり覚えていなかった。
既に寝ている親の隣の部屋で、電気を点けたまま紙とペンチを調べた。
差出人は不明。黄土色の切符のような小さな紙には、黒い字で”忘却”と書かれていた。妙なものだな、竹田はそう思いながら次に白い紙を手にした。筆記体で説明書と書かれており、その下には小さな文字でこうあった。
「思い浮かべた過去を設定し、目を瞑って切符に穴を開けてください。現実へ帰還するには過去の世界で切符を燃やしてください。」
思わず吹き出してしまった。妙ないたずらである。好きな過去へ戻りたいというのは誰しも思ったことがあるだろうが、この切符はそれが叶うらしい。
いたずらにしては手が込んでいるな、そう思った時点で竹田はこの忘却切符に惹かれていたのかもしれない。思わずペンチを手に取って切符を1枚挟んだ。どこにでも穴を開けていいのだろうと少し迷い、忘却という字に被らない場所を選んだ。
目を瞑って思い浮かべたのは、高校1年生の夏だった。当時付き合っていた彼女の実家へ出向いた際に、1階に彼女の両親がいるにも関わらず何度もキスを交わしたのだ。もちろん本番行為も視野に入れていたが、勇気が出なかったのだ。
だからせめて、過去に戻るならばあの日に戻り、彼女としたい。そんな淡い期待を抱いて、竹田は1枚目の切符に穴を開けた。
水中から跳ね起きるように目を覚ますと、そこは誰かの部屋だった。広めだが閑散としていて、小さなテーブルに焦げ茶色の棚、控え目なテレビは現代のものより厚い。隅には白を基調としたベッドがあった。
右肩に暖かい感触がのしかかるのを感じた。ゆっくりと視線を斜めに下ろすと、岡野永のつむじが目にはいった。肩まで伸びた黒髪からは柔らかいシャンプーの香りと皮脂の匂いが感じられ、恥ずかしげもなくペニスが硬直してしまっていた。下腹部が熱くなる中、竹田は思い返していた。
あの時二人は国語の宿題をしていた。しかし互いに集中力が切れてしまい、ノートに好きと書き合っては微笑むという初心なことをしていたのだ。それから二人は小さなテーブルから離れ、壁にもたれた。確かそんな経緯だったはずだ。
「ねぇ、顔見せてよ。」
何気なく声をかけたのだろうが、竹田にとってはひどく懐かしい声だった。おそらくこの過去の世界に来るまでは思い出せなかったことだろう。右を向くと、永の顔がすぐ目の前にあった。顔はいつでも思い出せるが、改めて見て再び懐かしく感じた。
目は細く、少し大きな骨格だが、微笑んだ時の表情がとても無邪気で、明るい性格も相まって彼女に惚れたのだ。
少し首を傾げる永との距離は徐々に縮まり、二人は誰からというわけもなくキスをした。薄いが弾力のある唇が触れ、少し唾液で湿っているのが分かる。そこで竹田はある事を思い出したが、すぐにその時がやってきた。
永の舌が口内へ侵入してきたのだ。自分のファーストキスは濃厚なディープキスだったのだ。最初はもちろん困惑したものの、今はもう慣れっこだ。永の丸くお湯のような舌を優しく迎え、今度はこちらの舌が永の口内に行く番だった。人の歯は不思議なものだ。同じ物体であるにも関わらず、自分以外の歯は濡れた小石のようで、舐めると違和感がある。
お互いの舌を忍ばせては迎え入れ、やがて竹田は永の胸に手を伸ばした。薄いサテン生地の白シャツにはなだらかな丘があり、竹田の掌に収まるサイズではあったが、それでも手からこぼれ落ちてしまいそうな危うさを持っている。お湯の入った風船を割らないように支えている感覚が、より興奮を高めていく。
右手で永を支えつつ、胸を堪能した左手はやがてデニム生地のショートパンツに降りていった。まだ見たことのない彼女の秘部を探し当てるかのように、赤子の頭を撫でるかのように、優しく触れてやる。未だ唾液が絡み合い密着する二人の口から、彼女の小さな声が漏れた。少し切ないようで、消え入りそうな声だった。
セックスとは探検のようなものだ。事前知識を頭に叩き込み、いざ現場で作業をすると新たな発見がごろごろと出てくる。どう順応するのか、どう適応するかが重要なのだ。
永の薄い喘ぎ声を聞き、彼女が拒んでいないことを知る。手探りでショートパンツのジッパーを探り、一気におろした。まだ離れたくないのか、舌だけを絡ませながら永は言った。
「ダメだよ、パパとママいるから。」
そうは言っても永はこちらに体を委ねている。先ほどよりも随分と密着し、二の腕に彼女の小さな膨らみが触れている。竹田も舌を離さずに言った。
「大丈夫だよ。声を抑えれば。」
抵抗はパフォーマンスだ。自分に酔う探検は一度否定を演じることでより深いところまで行ける。近くに誰が居ようとこの空間は自分たちだけだと思えばいいのだ。自分たちの意思で隔離する世界は今、あの時の鈍色から薄い紫へと変わりつつある。
「ベッド、行こう?」
竹田の低く心がけた声に、永は頷いた。唾液が糸を引いてようやく離れる。一度二人の世界から抜け出すわけだが、余程熱中していたのだろう。どこか千鳥足だった。お互いを軽く支え合いながらベッドに向かう。その時に初めて知ったのだが、永の部屋のベッドは白だけでなく小さい花柄がプリントされているのだ。常に元気印という印象だったため、かわいい寝具だなと心の中で思いながら、花柄の毛布を剥いで永を寝かせた。今まで見下ろすことのなかった永は元気いっぱいの彼女とは別人のようで、今までこの姿を見ることがなかった自分に少し後悔した。
サテン生地のシャツをたくし上げると、横縞のブラジャーがあらわになった。小さくも弾力のある胸を包んでおり、重力に負けて両側に垂れているように見えた。乳白色の肌に青く薄い血管が浮いていて、距離の離れた谷間がひどく魅力的だった。枯渇した川に見えてしまい、潤したくなった竹田は口内に唾液を溜めて舌を湿らせた。なぞるように谷間を舐めると、意外にも汗の味がした。少し塩気のする肌に唇を宛てがい、密着してから軽く、強めに吸う。キスマークは皮膚が厚い場所には付かないと、個人的な意見を持っている。つまり皮膚が薄い箇所ならキスマークは残るのだ。吸引生皮下出血等という病名のある痣だが、愛を育むには傷を負うことが必要だ。誰もが無傷で恋愛を運んでいくなど不可能である。
白と深い紺のストライプに隠れた乳房の全貌を拝みたくなり、カップをずらす。今様色の乳頭が弾かれるように外へ顔を出した。映像では何度も見たことがあるため、彼女の乳頭は比較的小さいと感じたが、それでも必死に上を向いていた。ひどく愛おしく思えて、本能のまましゃぶる。母乳は出ないと分かっているものの、何故こうも口に含みたくなってしまうのだろうか。赤ん坊は乳頭を口に含んで栄養を摂り、それでいて満足する。幼児期健忘の不都合に感謝しなくてはならない。
唇で擦り、舌で転がす。徐々に大きくなる喘ぎ声が愛おしく、ジッパーの開かれたショートパンツに手を伸ばした。ブラジャーと同じ生地のパンティーが指に触れ、生地越しに彼女の陰毛が認識できた。衣服で潰された毛の感触が、彼女が女であると実感させる。22歳の人格から見たら16歳は子どもだが、体は成熟途中だ。その曖昧さが、どっちつかずの現状を好む自分にとって素晴らしく思えた。
永の乳頭を愛撫しながら、竹田はショートパンツを脱がせた。水着と下着は同じようなものだという奴もいるが、差異は大陰唇による膨らみである。水着は平坦だ、しかし下着にはそれぞれの隆起がある。見せるものと見せないものの違いだ。
白く、肉付きのある足を大胆に開かせ、より膨らみを強調させた膣が可愛らしく、脱がせたくないとまで思った。しかし勇気の出なかった過去の自分を変えるには壁を脱がさないといけない。
ふっくらとした太ももに張り付く薄いパンティーを脱がす、肉に引っ付いているようで、つい勢いをつけて脱がせてしまった。解放された膣の外壁は畝る陰毛から、どこか酸っぱい匂いがした。これが女性本来の匂いであると分かっているからこそより興奮してしまう。
一見滑らかな壁のように見えるが、その詳細を楽しまないのは愚かと言える。ふっくらとした愛らしい大陰唇、海藻のように濡れた小陰唇、密度の高い粘液を垂らす膣口の上で頭を垂れる陰核が皮から剥けていた。稚拙な言葉で一括りに表現される女性の秘部だが、楽しみ方は無限大である。
竹田は大陰唇もまとめて舌で舐めた。まずは全体を責め、次は個々に攻めていく。大陰唇を唇で挟み、小陰唇と膣口を舌先で刺激し、大豆のように小さい陰核を苛め抜く。その間も永は小さく声を漏らしていた。自分の両親に聞こえないように声を我慢する永の苦悶する姿が自分の中に眠るサディストの一面を暴いていくようで、自分さえ知らない己の性癖に目覚めてしまうのではないかと思ってしまった。
「もうダメ、優也。欲しいよ。」
今までに聞いた永との声とは違う、妖艶に溢れた切ない声に竹田自身も限界だった。トランクスを裂いてしまうほどの熱を持ったペニスの先端に痛みを感じ、竹田はズボンを脱ぎ捨てた。
痛みから逃れるための行為だったが、この時点で自分と永は下半身を露わにしている。この雰囲気に溺れてしまいそうだ。
コンドームの有無は今の二人にとって必要のない話題だった。どうせここは過去である、膣内に射精したところで現実世界に波及する問題は無いだろう。熱を持ったペニスの先端からは冷たい雫が垂れており、ベッドに蜘蛛の糸を下ろしているようで、神にでもなった気分だった。
今にも暴発しそうな自身を、永はゆっくりと呑み込んだ。お湯の入った風船へいたずらにペニスを突っ込んでいる感覚が腰を伝って背を這う。一瞬で張り詰めた緊張が深い息となって溢れた。
「あー気持ちいい、相性いいかも。」
永は両腕を伸ばし竹田のうなじに両手を添えた。お互いの体は冷たい、しかし繋がっている箇所は煙が吹き出そうなほど熱かった。
ペニスの根元を彼女の大陰唇が挟み込み、畝る内壁がゆっくりと一体化への動きを進めていた。抗うように腰を突き出し、波のような動きを始めていく。あまりの気持ちよさにすぐ果ててしまいそうだった。全身から活力がペニスに集中し、今にも魂を吐き出したくなる。
「ダメだ、永。もう出てしまいそうだ。」
あまりにも滑稽な姿だろう。陰部を曝け出して女性に宛てがい、みっともなく腰を振っているのだ。その上情けない言葉を漏らすようならば、あられもない姿となる。しかしそれを見せてもいいと判断したために、性に対して単純なのだ。
「いいよ、私もいきそうだから。全部出して。」
そう言い、永は少し太めの両足を竹田の背に巻きつけた。逃がさないようなスタイルだが、自然と彼女の腰が浮いたために内壁の畝りが変化したのだ。新たな刺激が加速するペニスを襲い、もう限界を迎えようとしていた。
微かに抑えた、濡れた声と互いの液体が密室に響く。竹田は下唇を噛み締めて、過去の叶わなかった空間へ深々と射精した。
再び水中から這い上がった感覚から目を覚まし、気付けば現実世界に戻っていた。あの後永の膣口からは乳白色の液体が絡み合っていた。ティッシュで拭き取りながら、濡れやすいと永は笑っていた。
何も知らない彼女の父親からライターを借り、外に出て切符を燃やしたところで意識が消え、今に至ったというわけだ。
妙な解放感に浸りながら、竹田は残り3枚の忘却切符を手にとって眺めた。これは夢ではない、確実に一度過去へ行ったのだ。
賢者タイムとかいうものが男には存在し、一度果ててしまうとその後エロティックなことを考えられないという状況に陥るわけだが、今の竹田にそれはなかった。あくまで過去に栞を挟み込むような感覚で、あくまでその新たな過去で射精し、栞を引き抜いたのだ。
つまり、まだ過去へ行くことができる。まだ叶わなかった夢を叶えることができるのだ。
そう思った時には既にペンチを手にしており、目を瞑っていた。次はどの過去に栞を差し込もう。いつの間にか竹田の鈍色は徐々に剥がれていった。
二度しか体験していない感覚ではあるが、少しばかり慣れたものだ。目を覚ますと、そこには太陽光に照らされた街があった。数秒で把握し、ここが池袋だと知る。今度の服装は学生服だった。季節は夏、半袖の白いワイシャツにスラックス、薄い鞄が肩にかかっていた。
「どうしたの、早く行こうよ。」
聞き慣れた声が後方から飛んでくる。振り返ると、そこには丘田志穂がこちらに手を振っていた。身長は低く、150cm半ばだろうか。首元まで伸びた黒髪は毛先が内巻きで、ぷっくりとした鼻に控えめな目、笑うと笑窪が出来る口元にはどこか幼さがあった。
同じワイシャツに薄いベージュのノースリーブセーター、深い紺のスカートと同色のソックス、その間からは太めとも細めとも言えない肉付きの膝小僧が覗いていた。
慌てて彼女の後を追い、その最中に思い出していた。彼女とは同じ合唱部で、今は夏休み。その間に有志で集まって歌を歌い、小一時間ほどで終了。その後池袋で遊ぼうとなった訳だ。確かこの後は東急ハンズ最上階にある猫カフェに行く予定になっているはずだ。
志穂とは微妙な距離感だった。こちらに彼女がいた時は志穂が竹田に好意を抱いており、志穂に彼氏がいた時は竹田が志穂に好意を抱いていた、いわばすれ違いの関係というわけだ。そして竹田が選択したこの過去は、ちょうど二人に恋人がおらず、しかしお互いに何も言わないという中途半端な関係ということになる。つまり、どちらにも転がるのだ。
猫カフェといっても飲食物は出ず、手を消毒して金を支払い、猫と触れ合うという内容だ。志穂は多種の猫にはしゃいでいる。愛らしい猫には不思議な力がある。それは人と人の距離をぐっと縮めるというものだ。気付けば微妙な距離感だった竹田と志穂は手を肩に触れ合ったりと、スキンシップが目立っていた。あまりにも甘酸っぱい青春だと感じながら、竹田は携帯を抜いてカメラを起動し、猫を撮影しながらも片隅に志穂の表情を抑えていた。
30分ほど堪能し、猫カフェを出て階段を降りる。竹田は、当時なら絶対に口にしないことを言った。
「丘田さ、彼氏いるの。」
先を歩く志穂はパーティーグッズの並ぶ棚から目を離さずに答えた。
「ううん。そういう竹田だっていないでしょ。」
まぁね、とだけ答えて二人は東急ハンズを物色し、唸るような外に出た。太陽は余すことなく熱を放出しており、地面を焦がそうとしている。蒸せ返るような気温の最中だが、竹田は必死にこの先を思い出していた。
あくまでこの日の目的は猫カフェに行くことだったはずだ。つまりもう帰ってもいいわけだ。時刻は13時半過ぎ。既に昼食は済ませており、後は解散だ。つまり過去をやり直すためには、タイミングはここしかない。
「あのさ、サンシャイン行かない?」
東急ハンズの真隣に位置するサンシャインシティは複合商業施設、元あった東京拘置所の跡地が再開発された。地上60階に地下4階、飲食店だけでなくホテルから博物館、さらには水族館にプラネタリウムまである。時間を引き延ばすには最適な場所だ。
志穂の反応だけが気掛かりだったが、退屈そうな表情ではなかった。むしろどこか視線を泳がせている。口元は緩んでおり、少しして言った。
「いいよ。ぶらぶらしようか。」
長いエスカレーターで地下に降り、歩道型のエスカレーターを歩きながら進んでいく。衣服店だけでなくパンケーキをメインとしたハワイアンな飲食店、100円均一ショップと、様々な店舗が並んでいる。夏休みということもあって人数は多かった。
ただ、この敷地内に入ろうと言っただけだ。それなのに何故か二人は再び微妙な距離感になっていた。距離こそ近いものの、口数は減っている。
専門店街には家族連れ、さらには自分たちと同じような学生も大勢いる。噴水広場の前を抜けようとした時に、それまで口を閉ざしていた志穂がこちらを見ずに言った。
「竹田、したことある?」
いきなり目的語のない質問だ。当時の竹田なら何か分からず困惑していただろうが、今は明確な目的を持ってこの世界線に来ている。だからこそ渋ることなく、はっきりと答えた。
「ないよ。俺は丘田としたいと思っている。」
ここで断られるならそれでいい。彼女と繋がりたかったという思いが当たって砕けようが、構わない。緊張感が高まった。数秒の沈黙が一時間ほどに感じる。志穂が立ち止まったのを視界の端で視認し、竹田も立ち止まった。少し口を尖らせた志穂はやがて口元を緩ませ、視線を絡ませた。どこか怯えているようで、濡れた目だ。
「制服じゃホテル入れないね。」
肯定だと受け取った途端、トランクスの中でペニスが熱を帯びた。突然下半身で別の生き物が目覚めたかのようで、なんとかそれを誤魔化そうと、竹田は生唾を飲んだ。
「奥に人が来ない多目的トイレがあるけど、行く?」
何もかもがどうにでもなれ、今ならどんな犯罪でも犯せる、そんな大胆な気分が口走ってしまった。それは志穂も同じだったのかもしれない。肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握りしめ、上目遣いで距離を縮めて言った。
「いいよ。変な感じだけど、それいいかも。」
それから数百メートル先にある多目的トイレまで、長時間に感じたが、紛らわせるかのように二人は手を繋いだ。冷たく小さな手、強く握れば壊れてしまいそうだった。
幼児向け大型玩具店の真横をすり抜けると、ぐんと人気が減った。有楽町線東池袋駅までの道のりにもなっているが、ここからのアクセスは望めないのかもしれない。二人は辺りを確認しながら、多目的トイレに入った。
シックな内装ではあるが、男子児童向けの小便器や赤ん坊の着替えを目的とした、少し大きめのベビーシートもある。壁に貼ってある説明を見ながらシートを展開させ、二人は鞄を置いた。
「なんか、場所が場所だからすごいドキドキする。」
志穂は袖のないセーターをゆっくりと脱ぎながらそう言った。もちろんトイレの中にBGMなどない。しかし外から聞こえて来る子ども達のはしゃぐ声が薄くトイレに侵入していた。すぐそばに人が大勢いる、そんなアブノーマルな空間が複合商業施設の端に生まれているのだ。既に竹田のスラックスには小さなテントが出来上がっていた。
「おいで、志穂。」
もう苗字で呼ぶのはやめにした。志穂もそれを受け入れてくれたのか、小さく頷いて彼女は竹田の懐に滑り込んだ。
改めて志穂の体は小柄だった。しかし衣服から覗く肉質がひどく妖艶に見えて、思わず抱きしめてしまった。
そして二人はすぐに唇を重ねた。弾力のある唇が伝わって、そこからは止まらなかった。
全てが幼く思える舌や歯を舐め、歯茎の裏まで進んでいく。歯垢を洗っているようだ。右手で彼女の後頭部に触れた。意外にもすっきりとしたシャンプーの匂い、その奥から彼女の頭皮の匂いがした。人間の匂いだ。彼女が同級生ではなく1人の人間、媚を含んだ愛らしい女性だと思い知る。左手は彼女の背中を這っていた。ブラジャーの存在がワイシャツ越しに分かる。触れるよりも強く撫で、スカートをたくし上げた。まだ見えていない彼女の尻は思ったよりもふっくらしていて、大きな枕を揉んでいるようだった。つるっとした肌触りはポリエステルだろう。しかし彼女の尻を完全に包み込めてはいなかった。
「いいよ、もっと下触って。」
口から離した志穂はお互いどちらのか分からない唾液を筋にして垂らし、上目遣いでそう言った。愛らしく幼い表情だが、彼女は今尻を揉まれている。竹田はそういうギャップに興奮を覚えていた。
揉んでいた左手を撫でるように移動させ、場所は前に移った。後頭部にある右手は固定のまま、彼女の目を見つつ、志穂の秘部に指が当たる。そこで竹田は少し驚いてしまった。
「もう濡れてる。」
その事実は口にするとより恥ずかしいようだった。
「言わないでよ。だって、優也が私としたいって言った時からもう濡れてたんだもん。」
そう言いながら志穂は竹田のテントの先に触れた。恐ろしいほど熱を持っていて、微かに振動しているようにも思える。すぐに志穂はジッパーを下ろし、竹田自身を小さな両手に収めた。ひんやりとしているが柔らかい手にどこか温もりを感じる。先端から滴る雫を全体に浸透させるように、皮をゆっくりと剥いで亀頭に塗りたくっている。
再びキスを交わし、竹田は負けじとパンティーの中に指をねじ込んだ。手触りで毛が薄いと分かる。志穂の中は既に準備万端といった感じだ。竹田の指を何の抵抗もなく迎え入れる。2人の唇から志穂の声が漏れた。中指の第二関節がお湯に浸っているようで、ひどく気持ちが良かった。痛くないように、それでいて奥まで指を送り込む。ざらっとした内壁を指の腹で確認し、強く撫でた。
「あっ、だめ。すぐいっちゃう。」
志穂の抵抗はペニスを包む両手からも伝わった。濡れたペニスを強く握り、あとは絶頂を待つのみといった感じだ。
唇を離し、距離がほとんどない状態で竹田は志穂の絶頂を見守った。少し大きな声を出し、目を瞑って表情を歪ませる。中指を呑む膣内がどくんと畝り、志穂の体全体が震えた。
「志穂、もう挿れたい。」
「いいよ、来て。」
改めて思った。志穂は比較的大人しめな性格で、アニメなどの二次元が好きだ。所謂オタク気質のある彼女がここまで性に対して貪欲とは知らなかった。
異性問わず、人は皆ギャップに惚れていると竹田は思っている。渋いダンディーな男性が弱音を吐く、可愛らしい女性がふと強い男気を見せる、その落差に人は落ちていくのだ。人間誰しも存在するクレバス、落ちてしまえば対策など無意味である。
ベビーシートに手をかけてもらい、スカートをたくし上げた。やはり竹田の予想は的中していた。重力に負けたような大きい尻は薄いピンク色のパンティーからこぼれ落ちそうで、クロッチの部分にシミが出来ていた。もう見ることのない彼女の秘部、竹田はゆっくりと拝むことにした。
ゆっくりと引き摺り下ろすと、新たな発見があった。匂いにも温かさがあるのだ。むわっとした密度の高い、人の匂い。
「ちょっと、あまり嗅がないでよ。臭いよ。」
確かに女性といえど人の匂いなのだ。少し酸っぱい、尿のような匂いもあった。だからこそそれすらも愛おしく感じ、竹田は彼女の尻を両手でつかんだ。絶頂を迎えた後だからなのか、肛門がひくひくと動いている。
かぶりつくように、彼女の秘部に顔を埋める。竹田は改めて人間という体の不思議に素晴らしさと感謝を抱いていた。匂い、味、それは食べ物や飲み物だけでなく、人体にも存在する。少しの塩味と鼻に着く酸味、それを舌と鼻で味わうのだ。もう彼女の中に挿入したいと宣言したにも関わらず、まだ彼女の体を堪能したいと思っているのだ。
肛門と膣口を順番に舐め上げ、その奥にある陰核を舌先で苛め抜く。くすぐるような感じで刺激する陰核が少しだけ大きくなったと同時に、膣口からどろっとした液体が漏れるのが分かった。愛液も不思議なものだと思った。性的快感を得ると体外に出て行く液体は、精液だけではないのだ。
「ちょっと待って、出ちゃう。」
竹田は舌の刺激を止めなかった。むしろ刺激を強めていく。すると志穂の腰が徐々に浮き始めた。尻を開いていた両手を良い肉付きの足に移動させ、ゆっくりと開かせてやる。それが合図となったのか、はちきれるように志穂は潮を吹いた。ショットグラスほどの水量ではあるが、多目的トイレの床に音を立てて薄い尿が飛び散る。志穂はゆっくりと首だけ動かし、竹田を見た。艶美な瞳がより心の奥を刺激する。
「ごめん、出ちゃった。」
小さな手で口元を抑え、彼女はゆっくりと眉を下げた。その仕草全てが愛おしく、俺はここまで志穂に惚れていたのかと、少し自分でも驚いた。
外気に触れつつも未だ雫の垂れるペニスを右手で持ち、志穂の臀部に左手を当てる。身長差があるため、挿入するのに少し腰を落とさないといけなかった。志穂は両手で大陰唇を伸ばし、こちらを向きながら挿入を待っている。もう我慢は必要ないようだ。
慣らすことはなかった。たっぷりの水分を含んだ志穂の膣は一瞬で竹田のペニスを呑み込み、果てしない支配感に包まれた。思わず声が漏れてしまう。それは志穂も同じようだった。女性の体内には宇宙がある。人類誰もが全てに到達したことがないわけで、それぞれに未知の域が存在している。その中に自分自身を挿入し、銀河をペニスで堪能するのだ。未だどの宇宙飛行士もやったことがないだろう。誰もがそれぞれの宇宙で前人未到になれる、男は常に未開拓地への冒険を好むのだ。
おそらくペニスの出し入れは数十分程度だっただろう。しかしそれが数時間にも引き伸ばされた感覚に陥り、竹田と志穂は快感を共有した。
「すご、温かい…。」
志穂の声は今までに聞いたことのないほど甘く、どこかいじらしい音色だった。腰を打ち付けて漣を与えていくうちに、竹田の中にふと嗜虐心が芽生えてしまった。志穂をどういじめ抜いてやろうか。たくし上げたスカートから覗く、たっぷりと水分を含む大きな西瓜、唯一違うのはその柔らかさだ。崩れてしまいそうな水餅のようで、何度揉みしだいてもその手に収まることはない。竹田はそこにまだ開拓できていない秘部を見つけた。
「ああ、そこはだめ。変な感じ。」
唾で親指を濡らし、肛門を撫でてやる。指の腹を少しだけ沈めると、志穂の喘ぎ声が若干大きくなった。それでも夏休みの池袋、複合商業施設の端で生まれる微かな喘ぎ声など、スクランブル交差点で鳴るリコーダーと同じだ。誰も聞こえない、耳に入らないのだ。
右の親指で肛門を刺激し、残った左手は志穂の控えめな胸に伸びる。ワイシャツのボタンを一つ一つ外し、勢いよく滑り込ませた。尻と違って程よく整った乳房は跳ね返すような弾力があった。柔らかな肉の中に軽く掴めるようなものを感じ取り、4本の指で揉みながら、人差し指で乳頭を弾く。その度に志穂の喘ぎ声は尖るように増していった。
少し指の腹を深く沈めた時だった。突然志穂がダメと連呼し始めたのだ。
「ダメ、また出ちゃうから。」
やはりセックスとは非常に奥深いものだった。おそらく忘却切符が無ければ、丘田志穂という女性はアニメなどの二次元が好きな可愛らしい女の子、で終わっていただろう。まさかここまで性に貪欲で、溢れんばかりの尻があって、行為中に何度も潮を吹いてしまうとは思いもしなかった。
志穂は絶頂を迎えたのか、尻が痙攣を始めた。やがて背へと伝わり、甲高い声とため息が漏れる。もちろん影響はこちらにもあった。絡むようにペニスに吸い付いていた内壁がぎゅんと締まる。このままでは果ててしまいそうになり、竹田は一度ゆっくりと抜いた。もしやと思った行動が的中するのだ。彼女はエクスタシーの最中に二度の潮を吹いた。先ほどよりも水量や勢いも倍で、自分のペニスがそれを堰き止めていたのだろうと思うと、ペニスが一段階膨らみを増したような感覚を味わった。
セックスは言葉のいらない会話なのだろう。行為中にあれこれ注文をする奴がいるか、否、いない。ムードというものがあるからだ。それは高層ビルの最上階にあるスイートルームにも存在するし、青臭い公園の一角にすら存在する。秘部と快感を共有する2人だけの空間、それがムードである。我々は互いを求めて口にするのは感想だけだ。それが偽りかどうかは、その人にしか分からない。ただ何かのメッセージだと受け取って行為に変化を加えることも可能となる。
便座を下ろし、竹田は剥き出しのペニスを出したまま座った。優しく志穂をエスコートし、跨らせる。竹田は挿入する瞬間の膣口を見るのが好きだった。大陰唇がペニスを受け入れ、小陰唇が優しく迎える。何度も見た自分のペニスが、女性の体内に入っていく様が、非常に愛おしく思えるのだ。
久しいといったように2人は唇を重ねた。最初と同じ、右手は後頭部へ。左手は彼女の腰へ。志穂は滑らかに両手を竹田のうなじに絡ませた。
どうせならもっと堪能しよう。はだけたワイシャツを勢い良く解放させ、バストをあらわにさせる。志穂の乳頭は想像していたよりも鮮やかなピンクで、無我夢中にしゃぶりついた。何故母乳は出ないと分かっているのにここまで口に含みたくなるのだろうか。男の本能は不思議なものだった。
「やばい、志穂。出そうだ。」
仰け反るように喘ぐ志穂は竹田の目を見た。あれだけ幼く、無邪気な笑顔だった彼女は、今ここにはいない。声も表情も、メスになっている。それは竹田も同じだったのかもしれない。
「いいよ。いっぱいちょうだい。」
みっともなく腰を打ち付ける竹田の上で、志穂は必死に跳ねていた。なんて愛おしいんだと思った時、竹田は声にならない声で、過去に射精した。自分でも脈を打つという言葉が理解できる、それほど全てを吐き出していた。
「すごい。分かるよ、どくんって。」
何故女性はすぐに笑顔を取り戻せるのだろうか。先ほどまで潮を吹いては媚を含んだ表情で竹田を見ていた彼女とは打って変わって、自分が惚れた、明るい笑顔がそこにはある。
なんだか魔法みたいだな、そう思いながら、志穂の膣口から溢れる自分の分身を眺めていた。
現実世界は、帰宅してまだ数分程度しか経っていなかった。23時半、竹田は自分の部屋の真ん中で二回も過去に行ったのだ。こんな不思議な現象を、一体誰に、どう伝えれば良いのだろうか。
竹田は白い説明書に再び目を通した。切符に穴を開けて過去へ行ける、その下には注意書きがあった。
部屋の電気がじりじりと鳴る。今はそんな微かな音すらも聞こえていた。そうか、と呟いて敷いたままの布団に倒れこんだ。竹田には余裕が生まれていた。
どうやらこの贈り物は俺の全てを叶えてくれるものらしい。そう思った時には、3枚目の切符を手にしていた。もう構うことはない、心残りになっている過去をやり直そう。そう思って目を瞑り、竹田は童貞を捨てた日を思い浮かべて忘却切符に穴を開けた。
慣れた感覚が自分を過去へ誘った。目を覚ますと、そこは黒い空間だった。もう慣れているため、そうかそうかと思いながら隣に感じる温もりに目をやった。
内田栞は一個上の先輩だった。友人の紹介で出会い、意気投合してからは敬語がなくなった。栞はフランクな関係を好むらしい。
胸元まで下がる艶やかな黒髪が好きだった。大きな瞳にちょこんとした鼻、よく笑う口元から生まれる豊麗線を彼女は嫌っていたが、竹田はそれすらも愛おしかった。彼女はどこか天然なのである。その予測不能な言動がたまらなく可愛らしかった。
マット素材の床には学生鞄とブレザーの上着が無造作に置かれている。目の前の大きなテレビの中で彼女の好きな男性アイドルが飛んで跳ねて夢を歌っていた。ここはネットカフェである。完全個室の防音で、ぜひ好きなアイドルグループのライブDVDを見て欲しいと、彼女に連れてこられた場所だ。
今まで彼女には何度か愛撫を繰り返していた。かなり濡れやすい性格なのか、よくスラックスに彼女の愛液がシミになっていた。しかし彼女の性格も相まってか、絶頂に達したことはない。だから本番行為まで行き着けなかったのだ。
だから栞にここへ連れてこられた時は、絶好のチャンスだと思った。声も気にすることなく、2人だけの密室空間。だからこそ竹田はここで童貞を捨てたのだった。
しかし、失敗したのだ。彼女のことを考えず、ただがむしゃらに腰を振る自分がみっともなく思えて、射精することなく終えてしまった。だから竹田は3枚目の忘却切符をここに選んだのだ。
「ねぇ、この曲優也が好きだって言ってた曲だよ。」
特に栞が好んでいるメンバーがアップで抜かれ、バラードを歌い上げていた。30代半ばにも関わらず美貌と歌声を保つ、アイドルは自分の現実を偽って夢を見せる職業だ。計り知れない努力を重ねているのだろう。
ライブDVDは2枚組で、もうすぐ1枚目が終わろうとしていた。おそらく過去の自分は、曲の途中で栞を求めたはずだ。だからこそ今度は彼女のことを考えないといけない。1枚目が終わった時、そこがチャンスだ。
そう考えているとバラードが終わり、メンバーがハンドマイクからヘッドマイクに切り替えた。おそらくここで1曲歌い、コンサート特有のMCに入るのだろう。栞に何度かライブDVDを見せられていたため、なんとなく予測はついていた。
重低音が鳴り、肌の露出が多いメンバーがステージ上で蝶のように舞い始めた。この曲は聴いたことがなかった。
「この曲エロいんだよねぇ…。」
突然甘い声を放った栞には視線を移さず、竹田はライブ鑑賞に徹していた。その態度が気に入ったのか、栞が右肩に頭を乗せてきた。基本的に女性は良い香りがする。しかしその人にはその人なりの匂いがあり、柔軟剤なのか肌の匂いなのかは分からないが、鼻をくすぐるこの甘い香りが竹田は好きだった。
栞の言う通り、この曲は大変セクシーな楽曲だった。セックスを連想させるような歌詞に派手なメロディーが心臓を打つ。映像でこの迫力なのだから、目の前で見ると臓腑が跳ねる思いだろう。さらに腰を畝らせては腹筋を見せつけるダンスに会場からは悲鳴ともとれる歓声が巻き起こっていた。もしかしたら画面が割れてしまうのではないか、それほどの声量だった。
曲の雰囲気によるものなのか、栞が体をこちらに委ねてきた。2人が座るソファーは非常に柔らかい素材で、少し重心を傾けるだけで沈んでしまいそうだ。身を預けてくる栞の手が、竹田の手の甲に触れる。ひんやりと冷たい、それでいて肌触りのいい指だ。普段ならこの程度で気は起きないが、ここで確実に彼女としたことを思い出すと、手が触れるだけでペニスが硬くなっていた。
絶叫のような歓声が途絶え、画面にはメニューが表示された。1枚目が終了したのだ。しかし栞はこちらに体を預けたままだった。すぐに2枚目を見ようとソファーから降りると思っていたため、竹田は頭を回転させた。セックスに対してあまり興味のない彼女、しかしこの沈黙は、求めても構わないのだろうか。
いや、この思考こそ意味がない。そのために切符に穴を開けたのではないか。
首だけ動かし、彼女の眼前に近付いた。まずは言葉だ。真っ直ぐに伝えないといけない。
「栞、愛してるよ。たまらなく好きだ。」
やはりそうだ。天然な彼女には真っ直ぐな愛情表現が効果的である。栞は口元を緩ませて小さく頷いた。
「私も、大好きだよ。」
唾とジャスミンティーの香りが薄く鼻に香った。それを塞ぐように、唇を押し付ける。もう栞も分かっているのだろう、口を少し開けた状態でのキスだった。すぐに舌をねじ込んで口内を蹂躙する。頬裏をくすぐるように撫で、歯の裏は強く。舌先が奥歯まで到達し、歯の形を確かめた。何故ここまで愛しいのだろうか。
首の角度も変えながら、吐息を漏らして深いキスを交わしていく。恐る恐る右手を裏から彼女の右肩に回し、舌先の動きを止めずに抱き寄せた。先ほどこんな状況を歌っていたんじゃないだろうか。曲の中に入り込んだようで、少し気分が高揚した。
長いワイシャツにはリボンが付いており、竹田は優しくリボンを外してやった。ボタンを開けて滑り込ませる。
かなり弾力のある胸がブラジャーから溢れそうになっていた。隙間に指をねじ込んで乳頭に触れる。まだ柔らかい。優しく揉みしだきながら、手のひらの少し厚いところで同時に乳頭を目覚めさせていく。いくらこちらの準備が万端でも、相手がまだ受け入れる体勢でなければセックスとは言えない。ただのオナニーと同じだ。
徐々に乳頭が立ち上がる。芯があることも確認し、今度は乳頭を重点的に攻めた。徐々に吐息が小さな声に変わり、竹田はそっと唇を離した。乳頭を苛め抜かれている栞の表情がたまらなく好きなのだ。少し困ったように眉を下げ、濡れた瞳がこちらを真っ直ぐ見ている。両唇を中に少しだけ入れ込み、自分の気持ちいいタイミングが来ると空気を吐き出すように喘ぐ。
ここで竹田は愛撫のやり方を変えることにした。未知の挑戦となるが、やってみる価値はある。抱き寄せていた右手を手前に戻し、顔左側の髪を耳にかけてやる。次は違うサイドの乳頭に移った。こちらは硬さでいうと半分程度。まだまだ伸び代はあるということだ。
ワイシャツをはだけさせてブラジャーをずらす。深い紺色のブラを栞は愛用しているようだった。少しだけ黒ずんだ乳頭が自由になり、優しくこねる。先ほどまで口内を蹂躙していた舌を、今度は彼女の左耳に宛てがった。耳たぶを弾くように舐め、裏を責める。もちろん首筋も舐めた。少し汗の味がして、ペニスがより硬くなる。
「あっ、気持ちいいそれ。」
反応は良好だった。しかしここで調子に乗りすぎないことが大切である。彼女の反応から責める場所を変えず、乳頭が2つしっかりと硬くなったタイミングで、竹田は耳たぶを緩く噛んだ。
噛むといっても咀嚼ではない、顎に力を入れず、唇だけを動かすように耳たぶを挟むのだ。相手にとっての痛みと快感の中間は、愛撫しながら探っていくしかない。
「ねぇ、むずむずする…優也…。」
まるで自分がどこか遠くへ行ってしまうような、切ない声だった。おそらく下を触って欲しいのだろう。だからこそ竹田は少し焦らすことにした。胸から手を離し、ワイシャツの上から腹部、下っ腹を撫でてやる。気持ちいいかどうかは分からない。ただこの行為はムードを盛り上げるためにも必要となると、竹田は思っている。
順序良くいけばすぐにパンティーのクロッチへ行くことだろう。しかし竹田はあえて太ももに手を伸ばした。膝小僧はくすぐったいという可能性があるため、その上だ。少しだけ強く掌で押しあて、ようやくクロッチに辿り着く。既に湿っているため、受け入れ態勢は整っているということだ。深い紺色ではあるがシミになっていることだろう。
左耳から首筋をメインに舐めていく。キスマークもつけようと思ったが、今は彼女の準備を整えるために後回しだ。
すぐに指を入れるような無粋なことはしない。まずは表面を優しく撫で、陰核の調子を探るのだ。
「もっと触って。はぁっ。」
まだ始まったばかりだが、既に息も絶え絶えといった感じだ。ここは素直にリクエストに答えよう。パンティーの中に指を滑り込ませ、陰毛をかき分けた。待ち侘びていたのかもしれない、栞は今までにない声量で喘ぎ始めた。ここまでの反応は今までにない。やはり相手への愛撫は時間をかけたほうがいいと再認識する。
優しい愛撫を散々繰り返したため、緩急をつけることにした。パンティーを片手で降ろし、濡れていることを知っているために薬指と中指をゆっくりと、そして奥へぐんと挿入した。これは栞の体質なのだろうが、愛液が既に垂れてしまいそうなほど膣奥は濡れていた。第二関節を曲げて搔き回すとぴちゃぴちゃと、子どもが水たまりを混ぜているような音が鳴った。あえて激しく指で混ぜたが、正解だったようだ。栞の喘ぎ声が小刻みに揺れていく。絶頂には達しないものの、反応はバッチリだ。そこで竹田は驚くべき言葉を聞いた。
「優也、入れていいよ…、ちょうだい?」
栞の表情が濡れながらも笑みを浮かべていた。付き合っていた時は性に対する知識はない、そのようなことを言っていた栞が散々愛撫され挿入を許可したのだ。もう竹田は限界だった。
ソファーから降ろし、柔らかいマット素材の床に寝かせる。近い距離で見ていたため、改めて栞の姿を見てより興奮が掻き立てられた。リボンは取れワイシャツがはだけてブラジャーがずれており、大きな胸が重力に負けてそれぞれ横に垂れている。指での激しい愛撫のためにたくし上げたスカートからは毛量の多い陰毛、そこに隠れた栞の膣口から薄く白い液体がどろっと垂れていた。少しだけ乱れた髪の隙間から覗く栞の目は今までに見たことないほど甘美だった。あの切符に穴を開けなかったら見ることのできない、たっぷりと媚を含んだ表情。一度もペニスを自由にしていないから、スラックスが破けそうだった。
ファスナーを下ろして剥き出しにし、栞の両足を立てた。外から水をかけたようにひどく濡れている膣が部屋の明かりで鮮明になる。まだ触っていたい、舐めてやりたい、そう思いながらも正直な硬さを誇るペニスを右手で支え、左手で彼女の膝小僧を抑えながら、ゆっくりと挿入した。
あまり肉を感じない、それほどに濡れている。洗面器に暖かい粘液を入れてそこに挿入しているようだ。だからこそ竹田は少し勢いをつけた。ゆっくりとは始めず、既に動きを早めていく。じゅぷっという激しい水音が腰を打ち付ける度に密室内で響き渡る。徐々に栞の喘ぎ声も大きくなった。
「気持ちいい。もっと、もっと来て。」
何故いちいち自分の興奮を高めてくれるのだろうか。天然だからこそ偽りない反応をくれるのだろうか。そんなことを考えながらも答えはシンプルだ、それは目の前にある。紺のブラジャーから解放された乳房が上下に揺れ、顔の横で手をくねらせる栞は少しだけ苦悶そうな表情だったが、しっかりと竹田の目を見て素直な反応を表現していた。言い方こそあれだが、オーソドックスな喘ぎ声だ。しかし竹田にとってそれが新鮮だったのだ。栞が自分のペニスでしっかりと喘いでくれている、今の彼にとってそれが何よりも一番の興奮材料だ。
何度かキスを交わして腰を打ち付けていく。素直な喘ぎ声を聞く度、竹田は改めて正常位が好きなのだと知った。王道と言われるであろう体位だが、これが一番エロティックだと竹田は思っている。普段大っぴらに開脚することのない女性がこれでもかと足を開いて腰を浮かせ、膣をあらわにしてペニスの挿入を待つのだ。これほど魅力的な体位があるだろうか。
しかし正常位だけではつまらない。いくら寿司が好きといえどそればかり食べていては飽きが来てしまうことだろう。だから人間は時折ラーメンを食べ、焼肉を食べ、スイーツを食べるのだ。
脇の間から両手を入れ込んで抱きかかえる。挿入したまま、竹田は後ろに倒れた。股がる姿勢になった栞は恥ずかしそうに両手で顔を抑える。顔を隠したところで乳房と膣はあらわになっているのに。
まずは腰をゆっくりとくねらせる。ペニスで中をかき混ぜる感覚だ。それにつられて栞もグラインドし始めた。ねっとりとした声が耳に染みる。竹田は栞の太ももに触れ、足裏をマットにつけた。顔を上げると挿入されている秘部がよく見える。竹田の上でM字を描く体勢になった栞はどうしていいのか分からない様子だった。両手を引き寄せて抵抗を禁じ、強く突き上げる。どうやら栞のウィークポイントはここだったようだ。素直だからこそより反応が面白く感じる。
「ねぇ、待って。これダメだよ。ダメッ。」
跳ねるように揺れる栞は、自ら乳房に手をやった。もっと刺激が欲しいのだろうか。伸ばしたままの足を立て、より強く腰を打ち付けていく。水音もより激しくなった。
「なんか来ちゃう、やばいよ。待って。」
じゅっぷ、じゅっぷ、と変化した水音が増していき、ダメと連呼しながら栞はいきなり大きく仰け反った。肩で全身を小さく痙攣させている。絶頂に達した栞の表情は息を吐き出すような疲労感に満ちていた。荒い呼吸を繰り返し、顔を上げてにっこりと微笑む。淫らな姿から日常で見る、いつもの栞。
「かわいいよ、栞。」
思わずそう口にすると、栞はくしゃっと笑った。あの愛おしい豊麗線を隠すことなく、えへへと声を出して笑った。
起き上がって少し強く抱きしめ、彼女を抱き上げてソファーに戻った。衣服を乱れさせながら対面で栞を突く。そろそろ竹田も限界だった。
「栞、繋がったまま反対側向ける?」
小さく頷き、よいしょと呟きながら栞は後ろへ回った。開かれた竹田の両足、その間に彼女が足を下ろす。顔も乳房も膣も見えない、文字だけで見ると魅力が感じられないような体位だが、それでもきちんと繋がっているし、乳房も揺れている。スカートをたくし上げると、彼女の尻があらわになった。少し焼けた、薄い褐色の尻。水音がより近く聞こえた。じゅぷっ、じゅぷっ、と見えない場所で秘部が濡れていく。見惚れてしまったのか、栞がこちらを振り返っていることに気が付かなかった。
「ねっ、ええ。ねぇ。動いてあげようか?」
自分から敬語をやめてほしいと頼んできたにも関わらず、こういうふとした瞬間に年上の一面が見て取れる。今まで自分が責めていたと思っていたが、いきなり主導権を握られるのだ。少し余裕そうな表情で、竹田は頷いた。
大きく開かれた竹田の膝小僧に両手を付き、栞は一心不乱に竹田の腰へ尻を打ち付けた。自らが突き動かして快感を得るものだったが、今度は相手が打ち付けてくれている。栞に苛め抜かれているような感覚に陥り、よりペニスが硬くなった。
もうダメだと言いそうになった時、栞越しにテレビ画面が目に入った。先ほどまでライブDVDのメニュー画面だったが、時間の経過で画面が暗くなっているのだ。そこに見たのは、自ら腰を振って苦悶そうな表情を浮かべる栞の姿だった。
よく性行為をしている最中、女性は演技をしているなんて話がある。それが本当かどうかは当の本人しか分からないことだが、竹田が聞いた噂では、演技だった場合顔の見えない体位だと喘ぐ表情をやめるという。しかし今、栞は確かに感じているのだ。
「ダメだ、栞、出る。」
彼女の表情を見て、尻から熱が伝わっていくのが分かった。その熱が段々と腰を伝い、ペニスの先端に集中する。卑猥な水音と共に波打つ尻も相まって、限界寸前を行ったり来たりする感覚が続いた。
「いいよっ、たくさん出しな?」
その返答が限界点を超えさせた。射精してもいいよ、というような内容だと受け取った竹田は立場が逆転したように感じて、深々と射精した。自分の下半身が痙攣しているのを感じる。それは栞も同じだった。尻が小刻みに痙攣しており、どうやら彼女も絶頂したのだと知った。
ゆっくりと腰を上げ、全てを吐き出したペニスが解放された。先端から精液を垂れ流し、ぺたんと倒れる。栞は腰を浮かせたままゆっくりと覗いた。
「すごいよ、垂れてきてる。」
膣口からどろっと流れる白濁液が全て竹田のものかどうかは分からない。ただそれでよかった。過去へ来なければ知ることのなかった栞の性に対する反応。それを見ただけでも、竹田は解放感に浸りながら忘却切符に感謝した。
過去のネットカフェから現実世界へと帰還した。そういえば布団に倒れこんだままだったと知る。右手にはペンチが握られていた。
永、志穂、栞を立て続けに3人抱いて、竹田は途中で抱いた疑問を確信に変えていった。
忘却切符は夢を叶えるものではない。忘れたくないと強い念を抱いた事象を鮮明に思い出し、妄想を強めるものだ。そのトリガーがペンチで切符に穴を開けるという行動であり、妄想の世界で切符を燃やす。そう、妄想への片道切符なのだ。
それは説明書の注意書きが確信へと変えさせたのだ。
「現実世界で忘却切符を燃やしてしまうと、現実世界に囚われてしまいます。それまで行った過去には何度も行くことができる権利を貰えますが、未来が無くなってしまいます。」
つまり今4枚目の忘却切符を燃やすと、竹田は現実世界に留まり続けることになるのだ。そうなった場合もちろん彼に明日は来ない。明日の朝ごはん、昼ごはん、夜ごはんも来ない。また過去へ自由に行っては永と志穂と栞を自由に抱くことができるが、現実世界での自由は消えうせる。
妄想が現実となる、なんて言葉はよくあるものだ。漫画や小説などのフィクションでしか耳にしたことはないが、3度の経験から、これは現実になるのだろう。今4枚目の切符を燃やしてしまえば、どっちつかずの現実が永遠に引き伸ばされるのだ。過去はやり直せて、未来に怯えることもない。これで良いのだ。
ポケットからライターを抜き、4枚目を手に取り、ガスライターがぼうっと火を灯し、忘却切符に宛てがった。
さて、今度はどの体位にしよう。永とはまだ正常位しか試していない。志穂とはホテルでのプレイを楽しもう、何度も潮を吹かせてやろう。栞とはもっと激しいプレイがいいかもしれない、初心な絶頂のパターンを増やしてみるのもいい。
妄想への妄想を膨らませて、最後の忘却切符が燃え尽きた。それと同時に、竹田の世界は断絶された。
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