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「はい、どうぞ、熱いから気を付けてね。」
トンと目の前にお味噌汁を置かれて愛子を見る。
座って手を合わせる愛子に恐々と聞く。
「愛子、俺は…誰かな?」
そろそろ戻るはず、期待はしない。
「ん!なに?どうしたの?拓巳さんでしょ?変身したりするの?」
キョトンとした顔で言い、愛子は話を続けた。
「ねぇ、お買い物行きたいの。」
「あ、うん、行こうか。」
呆然としたままで答える。
「メモしないとね?買う物忘れちゃうから、言ったら書いてくれる?」
「勿論、たくさん買うの?」
「んー分かんない。あ、でもお昼はオムライスにしようね?拓巳さん好きでしょ?それで明太子も買って来ようね?あ、私、昨日もポテサラ作ったかな?それはメモしてないよね?」
心配そうな顔で聞いたので、拓巳は泣きそうなのを堪えながら返事をした。
「大丈夫、昨日は作ってない。作ってたとしても…好きだから嬉しいよ。」
「ほんと?じゃあ作るね?あ、メモしないと。」
立ち上がろうとした愛子を止める。
「食べて、ちゃんと。それからでいいよ。忘れたら俺が何度でも教えるから…。」
笑顔でそうだねと頷き、
「拓巳さんにお買い物は任せようかな。」
と愛子は微笑んだ。
堪らなくなった。
泣きながら味噌汁のお碗に口を付けて目元を隠した。
次の瞬間にはまた誠一さんになるかもしれない。
それでも朝から呼ばれたのは久し振りで信じられない程嬉しかった。
愛子の中に藤代拓巳がいたのだと思えた。
幸せな気持ちでその日を過ごした。
その日、ずっと愛子が誠一の名前を呼ぶ事はなかった。
それから数日が経っても、ずっと「拓巳さん」と呼び続けてくれていた。
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