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「飲み会さ、重本さんもいて…。」
「うん、ライン来てた。」
「先に帰られたけど、その後でね、今度新しくエリアマネージャーになった大山早苗さんて人が話し掛けて来た。」
「大山、早苗さん?」
名前を繰り返し、愛子は顔を思い出そうとした。
聞き覚えのある名前だったからだ。
「あ、隣の隣!大きな駅前の一番大きい新しい店の店長?」
拓巳も大きく頷いた。
それは二年程前に開店した店で、開発されて大きくなった駅前に新設された大きな店だった。
今までの店舗と比べると一番大きいとも言えた。
当然会社の期待も大きく、新店長は若い正社員で本社にいた人だった。
それが大山早苗という名前だったと思い出した。
「エリアマネージャーになるのね。店長二年で出世かな?凄いわね。」
感心して言いながら拓巳を見ると妙な顔をしていた。
「なぁに?気に入らないの?それとも彼女と何かあるの?あったの?」
慌てて拓巳は全部に首を振った。
しかも全力で。
必死過ぎて笑ってしまった。
数十分前、一人でソファに座り時計の針の音を気にしていたのが嘘の様に思えた。
「今までも何度か顔を合わせてはいるんだ。会社でも飲み会でもね。創立記念パーティーとかあったし。」
「そうね。」
同じ会社で本社勤務だったのだから、顔を合わせる事はあるだろうと不思議に思いながらわざわざそれを説明する?と考えながら返事をした。
「挨拶程度、ちゃんとした会話をした事はない。なのに、今日に限って隣いいですか?って移動してまで隣に座ったんだ。」
「あ、新しいエリアマネージャーだから、挨拶じゃないの?」
「そう思うし、思ったから挨拶した。これからよろしくお願いします。」
「うん。」
暫しの沈黙の後、拓巳は頭を掻いた。
「なんかさ、お酒空になると注ぐんだよ。」
「注ぐんじゃない?」
「俺にだけ?これ食べました?食べませんか?おひとつどうですか?美味しかったですよ?」
「……き、気を使ってるんじゃない?」
「そうかもって俺も思ったけど、ほら、俺、人付き合い苦手だろ?なんかさ、いちいち触ってくるんだ、腕とか背中とか?胡座の膝に手を置かれた時は気持ち悪くなって、横にいた近藤君に逃げたよ。それからずっと彼の方ばかり向いて話してた。そしたらさ…。」
「そしたら!」
愛子も息を飲んだ。
「横でガンガン飲み始めたんだ。」
拓巳は仕事で相談事があって、言い出し難い事で、自分が避けてしまったから言えないままで悪い事をした、と続けた。
(んーそれは仕事ではないわねぇ、多分。気付いてないのねぇ?)
苦笑しながら愛子は拓巳の話に耳を傾けていた。
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