その3

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その3

「ヘェ〜、結構綺麗な部屋だな。うちとは大違いだぜ!」  有神が照山の部屋に入るなりそう言った。天気予報通り午後に入るといきなり大雨が降り出した。二人はとりあえず近くの屋根のある場所に避難していたが、照山がとりあえず家で休もうと言って有神を部屋に入れたのだ。 「別に普通だろ。あなたは部屋の掃除はしないの?」  照山の異様にまっすぐな瞳でそう言われて有神は急に恥ずかしくなりさっさと話題を変えた。 「ヘェ〜、カート・コバーンにリアム・ギャラガーのポスターだ。あっ、尾崎豊のポスターまで貼ってある。お前尾崎好きなの?意外だなお前『窓ガラスの悲劇』って曲書いてたじゃん。あれ尾崎批判の曲だろ。一人の人間の自己満足的な行動が周りに悲劇を呼ぶっていう」  照山は驚いて有神を見た。自分の曲をここまで深く聴いている人間に初めて出会ったのである。照山はこの男を信用できると思った。だから自分でも恥ずかしくて普段口に出来ないことを有神に告白したのである。 「ポスターをあってあるからってファンとは限らないよ。彼らは俺のライバルなんだ。僕は彼らのポスターを見て毎日思うんだ。いずれあなた達を乗り越えて見せる、って!そして僕がポスターを外す時。それは僕が彼らを超えた時なんだ」  有神は照山が冗談を言っていると思ったが、照山の確信に満ちた表情を見てこれが冗談ではない、本気の本気であることがわかった。そしてこの男と組んだら俺は未来を掴めるかもしれないと思った。 「俺がここに来た理由は……」 「僕とバンドやるためだろ!」  照山に自分の言いたい事を先回りで言われてしまった有神は照山をあらためて正面から見つめた。まるで少年性の具現化といっていい男だった。子供でもなく大人でもなくただ少年としか言えないほど純粋な何かだった。 「そうさ。君の言う通りさ。俺は前のバンドを辞めてからずっと君を探していたんだぜ。まぁ、最初は佐久瀬を誘ったんだけど、アイツもう就活だからバンドやってる余裕ねえとか言って断ってきたんだよ。そうしたときに思い出したのは君だった。君は他の連中と違って本気だって思ったんだ。ハッキリ言って一生バンドで生きてく奴なんて一握りしかいねえよ。しかも才能のあるやつなんて塵の山から宝石を探すもんさ。俺にとって君は宝石なんだ。なあ、俺と奇跡って奴を起こそうぜ!」  照山はその少年の笑みを輝かせて即答した。 「わかった。僕もその奇跡って奴を起こしてやるよ!奇跡をありふれた日常にするためにさ!」  有神はさっそく残りのメンバーを募集しようぜと照山に言った。「俺が声をかければそれなりの奴は集まるからお前がいいやつ選べよ」とまで照山に言う。すると突然有神がアッと声を上げた。なに?と照山が聞くと有神は、「そういえばバンド名決めてなかったじゃん!なんにする?まぁ、今日決める事じゃないけど……」 「Rain drops」と照山が言った。  それがバンド名?と有神が聞く。すると照山が立ち上がり部屋の窓を開けて言った。 「僕達があったのは天気雨が降ってただろ?僕はその時太陽の光を反射した雨粒の美しさに見とれていたんだ。その一瞬の純粋な煌めきの美しさにね。その時僕はこんな純粋な音楽がやりたいって思った。だから僕達の新しいバンド名はRain dropsでいいかい?」  有神はうなずき笑う。照山も笑う。外の大雨はすでに過ぎ去り。今は晴れて強い日差しが射していた。  その後のデビューまでの話は簡単に済ませよう。Rain dropsとバンド名を決めた二人は、ベースとドラムのオーディションを何回も行い、メンバーを揃えるとRain dropsとしてバンド活動を始めた。ライブ活動を始めた途端、今までの苦労が嘘のようにたちまちのうちに火がつき、かつて照山を馬鹿にしたライブハウスも『Rain dropsご一行様大歓迎!神様、仏様、照山様!』と歯の浮くようなお世辞を述べ立ててRain dropsを歓迎したのである。彼らはあっという間にメジャーデビューを勝ち取りデビュー記念ライブを行った。熱狂のライブの中、Rain dropsはライトに照らされて輝いていた。あの時の彼らには太陽に照らされた雨粒のような煌く未来しかなく、そして照山にはまだ一筋の白髪もなく、またカツラをつける必要もなかった。
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