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夢中で掃除をしていたのでどれだけ時間がたったか気が付かなかった。
「お、綺麗になった」
との声に我にかえる。
「おかえりなさい」
しゃがんで床を掃除していたので千坂が手にしている袋が丁度目の前にあり、そこから良いにおいがしてきた。
「パンですか?」
「そう。近くにパン屋があってさ、焼き立ての生食パン」
少し時間がかかったのは焼き上がりを待っていたそうだ。
「そのまま食うのが美味いって。ほら、食おうぜ」
一本、袋の中から取り出すと半分にわけた。
「ほら。牛乳もあるぞ」
パックの牛乳が二つ。
「いつもこうなんですか」
「ん? パンはあんまり食わないかな」
そういうことを聞いているのではない。
パンをかじる千坂を見ていたらなんだか可笑しくなってきた。
「くっ、あははは」
笑う百川に、千坂がむっつり顔で見ていた。
「いや、だって、パンを半分にちぎって紙袋の上に置くとか、ありえないでしょ」
「はぁ? 別に皿なんていらねぇだろ」
「いるでしょ。俺は一口大に手でちぎって食いたいんです」
立ち上がって戸棚から皿を二枚取り出す。
「はい」
「いらねぇし」
パンを両手で持ったまま食べていく。
「そういえば、お前、男にキスされて平気なの?」
「いや、キス自体、滅多にできないんで」
まぁ、できることなら女子の方がいいけれど、千坂さんとのキスは気持ちよかった。
「そっか」
で、このタイミングでキスをする理由がわからない。
「……なんなんです?」
「可愛そうだなって」
千坂がしたり顔で笑う。むかつくけれど、なぜか嫌な気がしない。
パンをちぎって口の中へと入れる。ほんのりと甘いパンは千坂と交わしたキスと同じ味だった。
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