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断章 命の種
目を焼くのではないかというまばゆさは収束していき、森に静寂が戻ってきた。
だが、それからしばらく、三人の若者たちは呆然としていた。
別れの悲しさから抜け出せず、また目の当たりにした神の御業(みわざ)のような現象も余韻を残していたため、誰もすぐに口を開くことができなかったのだ。
異界から来た少女は聖女としての役目を終え、元の世界へと帰っていった。
この国の神である竜は、その聖女を送り届けるため、光の向こうへと旅立っていった。
「メイ、ちゃんと帰れたのかしら……?」
手の甲で涙を拭って、エイラはメイとアラインが消えた虚空を見つめた。
「帰れたのでしょう。それが、メイ様の願いなら。……アライン様は、お戻りになるのでしょうか?」
「戻らないだろう。メイ様が、あの方と離れることを望むはずがない」
不安そうなナールに対して、サイラスはどこか誇らしげだ。
「『愛する人とは離れてはいけない』だなんて、あんたの口から出るとは思わなかった。でも、あの子たちにそれを言ってあげられて、よかった」
エイラも、サイラスと同じように満ち足りた顔をしている。そんなふたりを見て、ナールも結局、半ばあきらめたように微笑んだ。
「そうですね。最後に竜神を連れ去ってしまう聖女というのも、いいかもしれません。しかし……愛というのは不可能を可能にするのですね」
どうやら本当にアラインは戻ってこないらしいと確信して、三人は各々に座り込み、ぼんやりと遠くを見つめた。神が戻らないことにそれぞれ不安はあるものの、安堵する気持ちのほうが大きい。
もしアラインが戻ってきてしまったら、願いを聞き入れて彼をこの森に埋めなければならなかったのだから。そんなことは、誰もしたくなかったのだ。
「旅が、終わったな。これからは我々人間で、どうにかしていくしかないな」
「できるでしょうか」
「やるしかない」
希望と不安のにじむ様子で男ふたりが肩を寄せ合っている中、何かに気づいたエイラがふらふらと歩いていく。
彼女が見つめる地面には、キラキラ輝く小さなものがあった。
それを手のひらに拾い上げ、しげしげとながめる。
「これ、アライン様の鱗かなあ……?」
エイラが拾ったそれは、淡い青とも緑ともつかない色の光を放っている。たしかに、アラインが放つ光によく似ている。だが、鱗というには少し丸みが強い。
「これは、種じゃないですかね?」
いつのまにかそばにやってきていたナールが、難しい顔で見つめて言う。
「光る種などというものは、初めて見た。きっと特別な種だ。聖木なんじゃないのか?」
サイラスも手にとって、日に透かして見たり爪で軽く弾いたりしてみた。
「聖木の種、ですか……そうだったらいいんですが、これまで聖木が種をつけたという話は聞いたことがないんですよね。花は咲きませんし」
神官として聖森の聖木を見守ってきたナールは、困った顔で言う。そうだったらいいと希望を抱きつつも、これまで見てきたものがそれを打ち消してしまうのだ。
「もしかしたら、メイが落としていったのかも。……ほら、メイが聖木の代わりになって、アライン様に気を身体に流し込まれてたでしょ? それで生み落とされたんじゃないの?」
サイラスからその種らしきものを取り返すと、エイラは両手でそれを包み込んだ。
そうすると、光がわずかに瞬いているのがわかる。それはまるで、脈動のようだ。
「メイ様とアライン様の気が交じり合ってできたものか……」
「おふたりの愛の結晶ですか!」
エイラの推測を聞いた途端、ナールの目が輝いた。信仰や経験則というものを飛び越え、彼の好奇心やロマンを愛する心に触れるものがあったらしい。
「俺はこれを植えて育てて、新たな聖木にします!」
消沈していたのが嘘のように、ナールは希望とやる気にみなぎっていた。光る種は文字通り、ナールを導く光になったのだ。
「あたし、旅が終わったらシャリファ様の村に行って暮らすのもいいかなって思ってたんだけど、やっぱりやめた。あたしもその聖木、一緒に育てる!」
ナールのやる気が伝染したエイラも、どこか迷いが吹っ切れた様子だ。静かな村で暮らすのも悪くないが、この森を再生させていくほうが彼女の性分には合っているだろう。
「盛り上がっているところ悪いが、その種のことは一応報告したほうがいいと思うぞ。……神官長くらいには」
騎士の立場から小言を言われると身構えたふたりは、サイラスのその言葉に驚いた。
「王に報告は? しなさいって言わないんですか?」
「言わない」
「あんた、騎士のくせにそんなこと言っていいの? 信じらんない」
「騎士としての意見ではない。……どうせ、旅を終えた報告をすれば首になるか、ならなければ自分で辞めるつもりだ」
驚くふたりに、サイラスはさらに衝撃を与えた。だが、初めこそ驚きに口をあんぐりとしていたナールとエイラも、旅のことをつくづくと振り返り、納得した。
「たぶん、戻らないほうがいいでしょうね」
「そうだろ。よく考えれば、かなりキナ臭い」
「何か、危なそうだからトンズラしちゃえば?」
王都付近の不穏な空気を思い、三人は顔を見合わせていた。そして、何だかおかしくなって笑いだす。
「神殿にこの種を見せに行くついでに、また旅をして回りましょうか」
「いいわね。ずっとずっと旅していれば、万一サイラスに追手がかかっても、うまいことかわせるんじゃない?」
「そうだな。……それに、神なき今、誰かが浄化の旅を続ける必要があるだろう。少ない神官たちだけに押しつけているのは、無理がある」
話しているうちに、バラバラだった三人の目的がひとつにまとまった。それがおかしくて、三人はまた笑いだす。
それから三人は、種を育てながら旅を続けることになる。
種はすくすく育ち、一年に一度、可愛らしい花をつけるようになった。それが無事に種をつけると木を聖森に植え、その種を手に三人は再び浄化に旅立つのだ。
その旅にはやがて、一人二人と同行する者が現れ、そのうちに集団になっていった。集団は一年にいくつかの種を聖森に植えながら、マータラム全土を浄化して回った。
森と竜と異界から来た聖女を愛するその集団は、繰り返されるその旅で、世界を花と緑で塗り替えていったのだという。
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