17人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
ー1ー
書斎兼仕事部屋で、カタカタとキーボードを叩いていたが、不意に階下――玄関辺りで、ドアが開閉する音がした。古い家だから、色んな音がよく響く。
デスクトップの右下の表示に目を向けると、3時を少し回った辺り。
連休初日の午後。何も予定のない俺は、ゆっくり朝寝坊して、遅い昼食をとった後、休み明けに使う資料をまとめていた。
丁度いいタイミングだ。一休みするか。保存して、作業をシャットダウンする。
「おーい、居ないのか?」
階段を下りながらリビングに入る。居ないであろう前提で訊くには、間抜けな問いだ。
『遠くへ行きます。探さないでください』
何だよ、これ。
ダイニングテーブルの上の白い便箋の文字に、俺は溜め息を吐いた。
置き手紙が、最近のアイツのお気に入りらしい。
「おーい、アリス?」
リビングからドアを開けて、再び廊下に呼び掛けるも、返事はない。やっぱり、いないのか。
当然ながら、スマホに着信はない。もちろん、こちらから入れるつもりもないが。
やれやれ。俺は、キッチンで銅製のポットを火にかける。マグカップを出すと、冷蔵庫からマンデリンブレンドの豆を取り出した。
殊更急ぐことなく、いつものペースで、ガリガリと音を立ててミルで挽く。豆は粉に形を変えていく。余計なことを考えず、このあと味わう至福の一杯を思って集中する――この時間が好きだ。
ガリガリ……ゴリゴリ……
そういえば、この豆を買った喫茶店は、アイツが教えてくれたんだった。
最初のコメントを投稿しよう!