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 書斎兼仕事部屋で、カタカタとキーボードを叩いていたが、不意に階下――玄関辺りで、ドアが開閉する音がした。古い家だから、色んな音がよく響く。  デスクトップの右下の表示に目を向けると、3時を少し回った辺り。  連休初日の午後。何も予定のない俺は、ゆっくり朝寝坊して、遅い昼食をとった後、休み明けに使う資料をまとめていた。  丁度いいタイミングだ。一休みするか。保存して、作業をシャットダウンする。 「おーい、居ないのか?」  階段を下りながらリビングに入る。居ないであろう前提で訊くには、間抜けな問いだ。 『遠くへ行きます。探さないでください』  何だよ、これ。  ダイニングテーブルの上の白い便箋の文字に、俺は溜め息を吐いた。  置き手紙が、最近のアイツのお気に入りらしい。 「おーい、アリス?」  リビングからドアを開けて、再び廊下に呼び掛けるも、返事はない。やっぱり、いないのか。  当然ながら、スマホに着信はない。もちろん、こちらから入れるつもりもないが。  やれやれ。俺は、キッチンで銅製のポットを火にかける。マグカップを出すと、冷蔵庫からマンデリンブレンドの豆を取り出した。  殊更急ぐことなく、いつものペースで、ガリガリと音を立ててミルで挽く。豆は粉に形を変えていく。余計なことを考えず、このあと味わう至福の一杯を思って集中する――この時間が好きだ。  ガリガリ……ゴリゴリ……  そういえば、この豆を買った喫茶店は、アイツが教えてくれたんだった。
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