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そうこうしているうちにマンションの前に辿り着いた。結局彼を拒絶することも出来ずに。
「じゃあな。明日から昼飯作ってくるから楽しみにしとけよ」
来た道を戻っていく彼の背を見送る。
「花火……!」
どうして声を掛けたのか分からなかった。昨日、彼を呼び止めてしまったように。
「林檎の、変わった形のを、入れておいて」
「ああ、了解!」
そう言って振り返って手を挙げて去っていく。胸が、きゅっと締め付けられるようで、僕はマンションに逃げ込むように入った。
――どうして。
深呼吸をして、何も考えないようにして、エレベーターに乗り込む。何もかも気のせいだと、心の中で平静を取り戻そうと必死になる。
部屋の中に入ってからは、いつも通りのルーティンに則って動くうちにさざめく感情の波も凪いでいった。食事、シャワー、勉強。そして就寝する前に携帯電話を開く。メールも電話も来ていない。
ふと、あの不思議な林檎のことを何と言うのか、「林檎 切り方」で検索を掛けてみる。
「……うさぎ」
返ってきた予想外の単語に、不意に声が出てしまった。彼の性格や風貌からして、不釣り合いだったから。
目を閉じる。いつも自分を纏っている倦怠感も無い。夢の世界に誘われるように、緩やかに眠りに落ちていった。
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