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第二話 変化
――夢を見た。いつもの、繁華街の夢ではなかった。地平線の向こうに真っ赤な夕陽が沈んでいく。沈んでいくのを、僕はじっと見詰めている。
と、いつからだろう。そこに背の高い男が立っていた。逆光でその表情はほとんど窺えないが、開いた口から尖った犬歯が見えているので、笑っているのだと分かる。
――ああ、どうして。
僕が、その男に手を伸ばした瞬間、目が覚めた。そして、僕は気付いてしまった。僕がどうして彼を拒絶できないのか――いや、しないのか、を。
夕陽に浮かぶ花火の笑顔が、まるで散り落ちる桜や線香花火の最後の瞬きのようだったから。今にも消えてしまいそうな、そんな危うさが彼の内に秘められている。
きっと、かつて手を伸ばしても届かなかった、触れられなかった時のことを僕は後悔しているのだ。好きな人を理解することよりも、自分が嫌われないことを、好かれるためのことを優先した。僕等は、最後まで独りと独りだったのだ。
誰かを理解しようとすることを、このまま僕には出来ないことと決めつけて放棄して生きていくのは、違うと思った。
もし僕が、花火を理解して友情を結べたら。あの時、膝を折って泣くことしか出来なかった、弱い自分を赦せるかもしれない。
変わらない朝のルーティン。しかし、教室に入った時、身体を纏っていた膜が消えたように、呼吸をするのも少し楽になった気がした。僕の後ろの席が、目に入って。
「……おはよう」
「おう、おはよ」
僕が花火に挨拶すると、周囲がざわついたのが分かった。僕が声を発しているのを見たことが無かったからだ。そして、花火も少し驚いているようだった。
それは、小さな変化だが、僕の毎朝のルーティンに一つ挨拶が加わるのは大きな出来事だった。
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