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学校の前を通り過ぎる時、映画を観に行かないかと花火が誘ってくれたことを思い出す。僕が問題児でなければ、彼の誘いを受けるのだろうが、生憎僕の生活に自由は許されない。
図書館近くの歩道を歩いていた時だった。クラクションが近くで鳴って、そちらを見ると、反対車線に軽トラックが停まっていて、窓から男が顔を出している。
「おーい! 一温!」
身を乗り出して手を大きく振っている。花火だ。
ちょうど目の前の横断歩道の信号が青になっていたので、反対側に渡ると、花火が車から降りてくる。つなぎの作業着姿だ。
「どうしたの、その格好……」
「いや、朝から親父の仕事手伝ってきたとこでさ。一温が歩いてんのが見えたから」
トラックのドアには「陽川造園株式会社」と書かれている。運転席には白髪が目立つ初老の男性がいて、目が合うと手を上げて挨拶した。
「お前さんが一温か。花火が世話んなってるな」
「は? 別に世話されてねーわ」
そう言うと、窓から半身を乗り出して花火の頭を手で乱暴に撫で回して押さえつける。
「こんな馬鹿の友達ってだけで苦労するだろうが、これでも可愛い一人息子だ。仲良くしてやってくれ」
「げっ、気持ち悪いこと言うなよっ!」
顔を少し赤くして花火が手を払い除けた。ああ、これがこの年代の子と父親のやり取りなんだなと思う。僕が花火のお父さんにお辞儀すると、「いい子じゃねえか」と笑った。
「今から図書館行くんだろ?」
「そう」
「服着替えたら俺も図書館行くからさ。映画観に行こうぜ」
行きたい、と思った。けれど、僕に許されている外出は、食べ物を購入することと勉強をすることだけだ。それ以外のことにお金が使えないように、また購入したものを管理できるように、生活費は交通系ICカードのオートチャージのみになっている。
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