47人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ
ようやく一個を食べ終わった頃には、陽川花火はおにぎり二個とおかずの八割を食べ終わっていた。
「あとお前食べていいぞ」
持っていた水筒のお茶を飲みながら、僕の前におかずの入った弁当箱と箸を置く。残っていたのは煮物が少しと卵焼きが一切れ、カットされた林檎が一個だった。
ほぼ満腹に近かったが、箸を手に取り、じゃがいもの煮物を口に入れる。よく味が染みていて美味しい、と思う。そうして思わず、残っていた煮物と卵焼き、林檎を平らげてしまった。
林檎は独特の形――皮に切り込みが入って動物の耳のような形になっている――をしていて凝っていた。店でカットされた果物を見たことはあるけれど、こういう形を見るのは初めてだった。
陽川花火は「麦茶」と言って水筒のコップを差し出し、僕が飲むのを見ると弁当箱を片付けて風呂敷に包んだ。
「……いつも作ってもらってるの?」
飲み終わってコップを返すと、陽川花火は「蓋閉めて」と水筒を渡す。ひっくり返して水筒の蓋を閉めると、僕からそれをひったくるように取り、立ち上がった。
「俺が作ってるに決まってるだろ」
想像もしていなかった答えに、呆然と陽川花火の顔を見上げる。
「明日からお前の分も作ってきてやるよ。ろくなもん食ってなさそうだし」
食べなくても平気だから食べないだけなのだが。余計なことはしなくていい、と言おうとしたけれど、僕の持っていた問題集を取られて言いそびれてしまった。
「うわ、よりにもよって数学かよ! これの何が面白いんだ?」
眉根を寄せてぱらぱらとページを捲る陽川花火に手を伸ばす。と、その瞬間問題集を投げ返された。問題集は僕の腕に当たって、床に転がる。
自分でやっておきながら驚いた顔をしている陽川花火を見て、思わず溜息が零れた。そして問題集を手に取り、屋上の出入り口に向かう。追ってくるかと思ったが、そんなこともなく、僕は階下の図書室にも行かずに教室に戻った。
最初のコメントを投稿しよう!