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「別に嫌いでもいいけどな。気にしないし」
開いた口が塞がらない、というのはこういうことなのだろうと思う。「行こうぜ」と陽川花火が歩き出す。僕はその後ろを慌てて付いていく。勿論、抗議するためだ。
「僕の意思を無視するのか、君は」
「まあ、そうなるな? 俺がお前に一方的に話し掛けてるだけだから」
それならば、無視しても良いということになる。僕が彼の言葉に耳を傾けることも、答えることもしなけばいいだけの話なのだ。
――初めからそうしておけば良かったのに、何を今更。
「……僕に関わっても、何の得も無いのに?」
陽川花火は足を止め、振り返って、
「言っただろ、お前がどういう時笑うのか知りたいって」
と、夕陽を背に笑う。彼の表情は影が差してよく見えないのだけれど。
昨日もそう、言っていた。その言葉が、どうして僕の心に沁みるのか分からない。僕が、かつて好きだった人の気持ちを知ることが出来なかったせいなのだろうか。
「それにお前、自分に得かどうかで人と関わるかどうか決めるのか? そういうの、聞かされる方は良い気しねえから、あんまり嫌いな人間以外に言うなよ」
誰かに嫌われるように、などと意識的に考えたことは無かった。今僕は彼を遠ざけるために、嫌われるために言葉を尽くしているのだと気付く。意識しないようにしながら、意識してしまっている。無視をすることさえ、意識せずにはできない。他の不良達とは、明らかに異なった心理状態だ。
「ほら、帰るぞ」
君と帰るのは嫌だ。一緒に歩いているのを他の生徒に見られたくない。「そう」じゃない君が、ホモだと罵られる。僕のせいで迷惑が掛かる。そんなことをいちいち考えるのも煩わしい。だから僕は――独りでいたい。
僕は彼が嫌いではないのだ。だからと言って特別に好きなわけでもない――と思う。好ましいところを探すのと同じように嫌いなところを探すのも難しい。それはきっと、僕が彼をよく知らないからだ。だから、彼を拒絶するほどの理由が無かった。
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