第一話 始まり

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第一話 始まり

 僕はずっと、夢を見ない人間だった。眠りに落ちる時に、足を踏み外したような感覚になって、びくっとすることがあるくらいで、夢らしいものは何も見た記憶が無い。正確には覚えていないだけらしいけれど。  でも、あれから、時々夢を見るようになった。気付くと、あの歓楽街に立っている。僕は行かなければ、という想いのままにいつものバーに向かって歩き出す。けれど、歩いても歩いても辿り着かない。やがて、歩き疲れて膝を折ると、声が聞こえる。  ――お前みてえな馬鹿見てると、虫唾が走るんだよ。  はっとして顔を上げる。そこには、誰の姿も無く、ただ目の前に踏み拉かれた煙草が白い煙を立てている。  目が覚めると、いつも身体が怠かった。悲しいとか辛いとか、そういう感情は最早よく分からない。ただ起き上がるのに少し時間が掛かる。  歯を磨き、顔を洗って、購入しておいたパンを食べ、紙パックの紅茶をコップに淹れて飲む。そして制服に着替えて、学校指定の鞄を持って家を出る  歩いて十分も掛からない場所にある学校に向かい、教室の窓際、後ろから二番目の席に座る。  席に着く前に周辺の不良に絡まれることもあるが、そんなことは取るに足りないことだ。それが、平日の朝のルーティン――だった。
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