終章 繰り返すもの

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終章 繰り返すもの

 その後私達三人は病院で手当てを受けた。無論、蛍野西病院とは別の病院で。私は数カ所に打撲を負うだけで済んだが、警備員達と乱闘した二人は顔や体が腫れ上がり、無残な姿となっていた。救出された際、ユーティーは頬骨を骨折し、ライオネルは失血で危険な状態だったのだ。  今日も別の病室にいる二人を見舞う。二人はまだ顔や手足に包帯を巻かれており、特にユーティーの状態が酷い。 「ユーティー、顔は痛むか?」 「そんなに痛くはねえよ。だがこんな顔じゃ当分モテないな」 「そんなことない。少なくとも私達にとってお前はヒーローだよ。……ライは?」 「うん、平気。すっかり元気だよ」  ライオネルの方は包帯を巻かれた状態ながらも、ベッドの上で腕を回したり屈伸したりと、準備体操をしている。 「二人とも、本当にありがとうな。元はといえば私が腹なんか壊さなければ……」  ここ数日、ボロボロになった二人を見ていて罪悪感を感じずにはいられなかった。柄にもなく目元が潤む。 「結果良かったんだからさ。いつものクリスならこう言う。少なくとも次の犠牲者を救えたんだから、誰かのためになったんだから意味があるって」 「そうだよ、この先犠牲になるかも知れなかった何十人もがお前の下痢に救われたんだ」 「下痢言うな」  私がいつも行動指針にしている、世の善のために行動するというモットーを逆に言われてしまったが、おかげで心が和らいだ。  元気が出たところで、鞄からウイスキーの瓶を出す。 「明日は退院だな? 前祝と行こう」 「粋だね! クリス。嬉しいな」 「さすが分かってるな!」  事あるごとに理由を付けては酒盛りをするのが、私達の貧乏旅行の中でのささやかな楽しみだった。早速グラスに酒を注いでいく。 「ん……? こらー! 何やってんのあんた達!」  血相を変えた看護師が駆け付けてきて、酒は呆気なく没収されてしまった。  看護師が出て行った後、私達は顔を見合わせて苦笑した。なんだか力が抜け、無造作な姿勢で仰向けに二人と共にベッドの上に横たわる。 「普通の、病院だな」  その当たり前の言葉を、今はしみじみと噛みしめるのだった。  プラットフォームを暖かい風が吹き抜ける。私達は、とうの昔に復旧していた列車を待っていた。 「ちょっと、すっきりしないよな」  横に立つユーティーがやや複雑な表情を浮かべた。 「首謀者は逮捕されたけど、全然騒ぎにならないし」  実際その通りだ。入院中もくまなくニュースを気にしていたが、病院の責任者数名が殺人容疑で逮捕され病院が営業停止処分となった事は、新聞の片隅で小さな記事になっただけで、大きく報道されることはなかった。 「顧客に大物芸能人や要人がいたらしいからな。メディアは分かりやすく口を噤んでる」  入院中、私達も何度か取り調べを受けた。この街の連続失踪事件は、元々身元の曖昧な人物ばかりではあったが発生率のあまりに急激な上昇により、地元の警察署内でも課題となっていたそうだ。私が通報した時に訪れた警官は病院を去った後も、私が口にしたダンという行方不明者のことが気にかかっており、それが後で吉塚の証言とも一致したため、病院が黒ではないかと疑念を抱いたようだ。  病院関係者は動かぬ証拠によって逮捕されたが、顧客は建前上、血の入手経路は知らなかったとされている。この事件で顧客達が逮捕されることはなかった。  吉塚は改めて有志とこの事件の経緯を公表する予定だというから、彼の努力で少しでもこの街の者達が真実を知ってくれることを祈りたい。  私は珍しく複雑な顔を浮かべるユーティーに共感を示した。 「ほとんどの人はこの事実を知らないままだろう。病院の治療法を信じていた連中も、急に考えが変わるとは思えない。魔法のような高額な治療を求める人がいれば、それに付け込む輩もまた出てくる。事件は解決しても、根本的には終わらないよ」 「ああ。どうせまた繰り返すんだろうな……ま、気にしても仕方ないか」  ユーティーはいつもの明るい調子に戻る。そうしている間に、山の陰から列車が線路の上を走ってくるのが見えた。  ライオネルが横から顔を覗かせる。 「ねえクリス、取引ダメになって残念だったね」 「ああ気にするな。他にも候補はいくらでもあるんだから」 「あー、そういやそんな話あったな。最初の目的完全に忘れてた」  新緑の山間を列車が走る。後部車両の窓から、進行方向の逆側を覗く。海沿いに面したその街がやがて小さくなり、山に隠れて見えなくなるまで、私は静かに見つめ続けた。
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