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――終わった。
俺達の最後の夏が、今、終わった。
甲高いサイレンが、無情にもグラウンドに響き渡る。
この夏、試合で何度となく聞いてきた昂揚するはずの音。だけど今だけは、耳障りで仕方ない。
県予選の決勝戦。勝てば、甲子園。
負けられない戦いだった。
ここまでこれたことの方が奇跡、そう噂されていたことは知ってる。
だけど、少なくとも俺達部員の中には、そんな生温い気持ちで試合に臨んだ奴は誰一人いなかった。
足取り重くベンチに引き返した俺達の肩に、監督は無言で一人一人触れていく。
万年ベスト16どまりだったウチの野球部を、たった3年でここまで育ててくれた若きOB。肩に乗せられた逞しい手のひらが震えている。
それが合図となったように、あちこちでむせび泣く声が聞こえはじめた。
泣かねえ。
俺は、ここでは絶対泣かねえんだ。
油断するとツンとしてくる眉間を拳で押さえつけて、俺は涙を堪えながら泥だらけのユニフォームを脱いだ。
「お疲れさま」
着替えを終えロッカールームを出た俺の背中に、控えめな声が投げ掛けられる。
マネージャーの歩美だ。
俺はこいつを、一緒に甲子園に連れていきたかった。
今日の試合、勝って、堂々と告白するつもりだった。
「カッコ良かったよ、凄く」
なんだよ……
“残念だったね”でも、“よくやったよ”でもねえのかよ。
よりによって、なんで今そういうこと……
込み上げてくるものを抑えることができず、俺は歩美から顔を背けたまま声を殺して泣いた。
あーあ、カッコ悪。
せっかく必死こいて我慢してたのに。歩美……お前のせいだからな。
どうせカッコつかないなら、いっそこのまま最高にダセえ告白をぶちかまそうか。
鼻声だろうが、目が腫れていようが関係ねえ。
試合には負けてしまったけど、この気持ちだけは……
俺は、Tシャツの裾で雑に涙を拭うと、意を決して歩美に向き直った。
「……歩美。俺さ――――」
「「「ちょっと待ったーッ!!!!」」」
振り返るとそこには、俺と同じくらい顔をぐちゃぐちゃにしたむさ苦しい奴等。俺も、俺もと、次から次へロッカールームから飛び出してくる。
「抜け駆けはさせねえよ? キャプテン!」
「そうだそうだ!」
「歩美ちゃんは皆のアイドルだぞ!!」
まじかよ……
「お前ら、全員そうだったのかよ!?」
さっきまでの味方が、今や全員ライバル。俺達の負けられない戦いは、まだ終わっちゃいなかったらしい。
だけど、誰が勝っても負けても文句はなしだぜ。曲がりなりにも、俺達スポーツマンだからな。
ポカンと目を丸くした歩美に向かって、俺達は嘘くせえ婚活番組みたいに横並びになって、一斉に右手を差し出した。
「歩美! 俺、お前のこと――――」
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