一年後

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

一年後

まさしは今でも定期的にお子さまランチの店に通っている。最近は他のお子さまランチに癒しを得ている常連の客とも話をするようになり、打ち解けているそうで、舞に楽しそうに教えてくれた。 そして約束どおり、まさしは舞をそのお子さまランチの店に連れていった。店主は妻だと紹介された舞を見てとても喜んでくれ、いつも以上にはりきってお子さまランチを作ってくれ、サービスで手作りプリンまで出してくれたのだ。 それは優しさが滲み出ている店主の人柄そのものの味がした。 約束の次の休日には、まさしは早速二つ目の約束を果たしてオムライスを作ってくれた。とてもふわふわで優しい甘さのそれを舞は絶賛し、二人で沢山おかわりしたのだった。 それ以来、まさしは時間のある休日に度々作ってくれるようになった。オムライスだけでなく、他のお子さまランチメニューも作れるようになり、レパートリーは増えている。 三つ目の約束が叶えられたのはつい二週間前の今年のお正月であった。まさしの実家に帰省をした帰り、二人でかつてのファミリーレストランを訪れた。注文を聞きに出てきた男性はかつまさしと同年代くらいの若い男性だったが、その顔にはどこかご夫婦と似た面影がある。事情を話してみると、やはり男性はご夫婦の息子さんで、自分も子供の頃食べていた味を絶やしたくないと年を取った両親の後をついだのだった。数年前に結婚したお嫁さんと協力してやっているという。奥から出てきて挨拶してくれたお嫁さんは、はきはきと明るい笑顔の素敵な女性だった。 若い夫婦はまさしのことを知っていた。『小学生の頃からずっと通ってくれてる男の子がいるのよ。』『美味しい美味しいって食べてくれる顔が好きなんだ。』と両親がよく話していたそうだ。 『お義父さんお義母さんに知らせないと。』お嫁さんが、近所に住んでいるという義父母に電話で連絡してくれた。 十数分後、まさしに会うためにわざわざお店に来てくれた老夫婦は、まさしの顔を見ると満面の笑みで『よく来てくれた。』と言ってまさしの手をとり、まさしは老夫婦の手をしっかりと握り返し、子供の頃からずっと良くしてくれた礼と急にバイトを辞め、お店にも行かなくなってしまったことの詫びを口にしました。 老夫婦は『そんなこと、気にせんで良い。』とその言葉を笑って流してくれました。 まさしが隣に立つ舞を妻だと紹介すると、老夫婦は舞の存在に喜び、丁寧に挨拶をしてくれた後に舞の手も取りました。舞が握り返したその手はとても優しくて温かいぬくもりがしました。 この日は久しぶりに老夫婦が腕を奮ってくれ、まさしと舞、息子夫婦とかつての老夫婦、みんなでお手製のお子さまランチを食べたのでした。大好きだった懐かしのお子さまランチを食べたまさしの笑顔には涙が浮かんでいたことを舞は気付かない振りをしたのでした。 帰り道、まさしは『舞、ありがとう。』『ろくに挨拶もせず、一方的にお店とご夫婦から離れてしまったこと、ずっと心残りだったんだ。』 『舞のおかげでご夫婦に会ってちゃんと伝えられた。大好きだった味を、また味わうことができた。』と舞に対して心からお礼の言葉を口にしました。舞はにっこりと頷き、そっとまさしの手をとり、二人は仲良く手を繋いで帰り道を歩いたのでした。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!