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舞の思い
舞は夫から初めて聞いた意外な過去に驚いた。
いつもおだやかで、落ちついた大人の男性である夫が満面の笑みを浮かべてお子さまランチを食べている様子を思い浮かべると思わず笑ってしまいそうだ。
しかし、決して笑ってはいけない。夫のプライドを傷つけてしまうからだ。
夫が小学生の頃通い続けていたというファミリーレストランのご夫婦は、夫の語ってくれた話からもわかるようにとても心の温かい人たちだったのだろう。そんな人たちの作るお子さまランチは、チェーン店のどこか機械的な味とは違ったとても優しい味がしたに違いない。
まさしの母親は、まさしが子供の頃仕事で多忙で家にはあまり居なかったと聞いている。仕事に誇りを持ち、一生懸命働く母親に不満こそ言わなくても、毎日当たり前のように家で母親が迎えてくれる友人を羨ましく思ったり、寂しかったりしたこともきっとあっただろう。
夫婦の店はそんな夫の心を温めてくれる居場所でもあったのではないだろうか。だからこそお子さまランチを卒業する年齢になっても通わずはいられなかったのだろう。
当時高校生で敏感な年頃だった夫にとって、拠り所となるほど自分にとって大事な、大好きな味を友人たちから『子供っぽい』と否定されてしまったことは、とても恥ずかしく、封印する覚悟をするほどショックな出来事だったのだろう。
それでも偶然思い出の味に再開し、涙が出たというのはその味は、何年もの間封印していても夫の中にきちんと刻み込まれていたのだろう。
子供の頃の夫の心を温めてくれたその味は、成人して家族を持った夫を仕事のプレッシャーや男としてのプライド、家族を守っていく責任など普段夫が抱えている鎧を脱ぎ捨て、心身をリフレッシュさせる大事なものに再びなっていたのだろう。
夫に秘密があると気がついた時、舞はとてもショックであったが、いつも頑張ってくれている夫が肩の力を抜けるこういった場所は夫にとって必要不可欠なものなのだろう。舞は思ったのだった。
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