第十二章 願い

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 サキは小さな谷の側で着地した。この谷の底が、あの虹の根元だった。  谷の側に到着した時には、光は色を変えていた。  上空から見た時には淡い虹色をしていたが、今は白銀色。  霞のような薄い光が、谷底に瞬いた。谷底に求めるものがいると、亜季とサキは感じた。  サキは、何とか谷底まで亜季を連れて行けないかと、往生していた。谷底へ行くには、竜の体は大きすぎた。 「あたしが行ってくる!」サキの体を押して、亜季が谷へ足を踏み入れた。  そして一人、谷底へと向かい始めた。  急な谷壁を降りたことがない亜季の体に、谷風が吹き付けてくる。来ることを、拒んでいるかのように。  亜季は少し降りた所で、谷底の光が、より鈍くなっていると気がついた。 (間に合わなくなる!)  危機を感じた亜季は、谷壁を滑り降りた。途中で細い体を崩した。亜季は体に傷をつけ、地面に強く打ちつける形で、谷底に到着した。口の中が切れた。どこか骨も折ったかもしれないが、それらに構う気はなかった。  体を起こし、求めるものを捜し始める。  谷底では、様々な光が失われていっていた。  ここの岩面には、青以外の色の、輝く石が埋まっていた。だがそれらは全て、岩の色に同化していっていた。  そうして光が失われている谷底の、一角だけ。  白銀色の光が、くすぶっていた。  小さな輝きだった。亜季よりも小さくなっていて、もう雲のように見えない。  虹色の輝きなど欠片も窺えない。  しかしそこに彼はいた。亜季はそれを感じた。彼に言いたいことは、はっきりとしていた。  傷ついた体で、力の限り。  亜季は白銀色の光に向かって叫んだ。 「嘘つき! あんただけはって、信じてたのに! ……大嘘つきっ!」  裏切られたことへの腹立たしさ。  それが亜季の体を、最大限に動かしていた。 「前に言ってくれたじゃない。一緒にいようって、二人で考えようって! あんたが……あたしが、知っていたみのり君じゃなくても。嬉しかったに、決まってるじゃない。……あの時、あたしがどれだけ安心したか、わかってなかっただなんて……本当にひどい本音だよ。馬鹿!」  勢いよく、まくしたてていく。亜季はこれまで生きてきた中で、一番怒っていた。 「もう充分に元通りじゃない! せっかく、生まれた心じゃないの。全部消さなくていいよ!」  亜季はいつかの夢を思い出していた。永い間、何も無い場所で孤独になる夢。  あれは、少年が体験した記憶が、流れ込んでしまったらしかった。  永い孤独を感じていた魂が、目の前で消えようとしている。自ら無に還ろうとしている。  それも自分を助けたことへの償いとして。理に逆らう代償として。 「それに……あんただけが一人でいる必要なんて、無い! ……言ってやる。あんたを仲間外れにする世界なら、そんな世界なんて! 本当に、放っとけば良かったんだ!」  もう少年は肉眼では見えないけれど、そこにいるとわかる。  だけど何の返答も無い。 「世界なんて二人で考えようよ。それか……こんな方法で命を助けてもらっても、あたしは喜べない。だから」  もう、言葉など届いてないのかもしれない。  叫んでいる内に、亜季は涙が堪えられなくなった。  亜季は泣きながら、最も言いたかった言葉を、彼に告げた。 「勝手なことはやめて。約束守ってよ。……あたしと」  今回は還すつもりはない。掴みたい。  命や世界よりも大事なこの想いが届くようにと、願いながら。  亜季は白銀色の光に手を差し伸べた。 「一緒にいよう」  白銀がすっと膨れあがり、白くなった。  亜季の全身はその中に包まれた。そして、ある方向へと大きくはじかれた。
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