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サキは小さな谷の側で着地した。この谷の底が、あの虹の根元だった。
谷の側に到着した時には、光は色を変えていた。
上空から見た時には淡い虹色をしていたが、今は白銀色。
霞のような薄い光が、谷底に瞬いた。谷底に求めるものがいると、亜季とサキは感じた。
サキは、何とか谷底まで亜季を連れて行けないかと、往生していた。谷底へ行くには、竜の体は大きすぎた。
「あたしが行ってくる!」サキの体を押して、亜季が谷へ足を踏み入れた。
そして一人、谷底へと向かい始めた。
急な谷壁を降りたことがない亜季の体に、谷風が吹き付けてくる。来ることを、拒んでいるかのように。
亜季は少し降りた所で、谷底の光が、より鈍くなっていると気がついた。
(間に合わなくなる!)
危機を感じた亜季は、谷壁を滑り降りた。途中で細い体を崩した。亜季は体に傷をつけ、地面に強く打ちつける形で、谷底に到着した。口の中が切れた。どこか骨も折ったかもしれないが、それらに構う気はなかった。
体を起こし、求めるものを捜し始める。
谷底では、様々な光が失われていっていた。
ここの岩面には、青以外の色の、輝く石が埋まっていた。だがそれらは全て、岩の色に同化していっていた。
そうして光が失われている谷底の、一角だけ。
白銀色の光が、くすぶっていた。
小さな輝きだった。亜季よりも小さくなっていて、もう雲のように見えない。
虹色の輝きなど欠片も窺えない。
しかしそこに彼はいた。亜季はそれを感じた。彼に言いたいことは、はっきりとしていた。
傷ついた体で、力の限り。
亜季は白銀色の光に向かって叫んだ。
「嘘つき! あんただけはって、信じてたのに! ……大嘘つきっ!」
裏切られたことへの腹立たしさ。
それが亜季の体を、最大限に動かしていた。
「前に言ってくれたじゃない。一緒にいようって、二人で考えようって! あんたが……あたしが、知っていたみのり君じゃなくても。嬉しかったに、決まってるじゃない。……あの時、あたしがどれだけ安心したか、わかってなかっただなんて……本当にひどい本音だよ。馬鹿!」
勢いよく、まくしたてていく。亜季はこれまで生きてきた中で、一番怒っていた。
「もう充分に元通りじゃない! せっかく、生まれた心じゃないの。全部消さなくていいよ!」
亜季はいつかの夢を思い出していた。永い間、何も無い場所で孤独になる夢。
あれは、少年が体験した記憶が、流れ込んでしまったらしかった。
永い孤独を感じていた魂が、目の前で消えようとしている。自ら無に還ろうとしている。
それも自分を助けたことへの償いとして。理に逆らう代償として。
「それに……あんただけが一人でいる必要なんて、無い! ……言ってやる。あんたを仲間外れにする世界なら、そんな世界なんて! 本当に、放っとけば良かったんだ!」
もう少年は肉眼では見えないけれど、そこにいるとわかる。
だけど何の返答も無い。
「世界なんて二人で考えようよ。それか……こんな方法で命を助けてもらっても、あたしは喜べない。だから」
もう、言葉など届いてないのかもしれない。
叫んでいる内に、亜季は涙が堪えられなくなった。
亜季は泣きながら、最も言いたかった言葉を、彼に告げた。
「勝手なことはやめて。約束守ってよ。……あたしと」
今回は還すつもりはない。掴みたい。
命や世界よりも大事なこの想いが届くようにと、願いながら。
亜季は白銀色の光に手を差し伸べた。
「一緒にいよう」
白銀がすっと膨れあがり、白くなった。
亜季の全身はその中に包まれた。そして、ある方向へと大きくはじかれた。
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