運命の邂逅

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運命の邂逅

「やっぱり姿を現したな」  なんだか満足そうな笑みを浮かべて、そう言ったのは皆守先輩。 「なんでそこにいるんですかー」  そこ、というのは私の指定席のこと。つい3日前にも皆守先輩に占領されたばかりだ。 「部活行かないんですか? てかどいてください」 「練習には休息も必要なんだよ。だから今日はオフだ」 「あー、そうなんですか。どいてください」 「残念だったな、この席は俺が先に取った。あんたは他を当たれ」  なんで先輩は私相手に椅子取りゲームを開催してるんだろう? やっぱりこの前の態度が悪かった? 生意気に説教したこと? それとも最後に無視して勉強始めちゃったこと? だめだ、心当たりが多すぎる。  さすがに今回はどかすわけにもいかないか。  しょうがないので空いている席を探しに、身を反転させる――と。 「待て待て待て。本当に帰るんじゃない」  がしっと力強く肩を掴まれた。 「なんですか、先輩。私に用事でもあるんですか?」 「あぁ、まぁそうだな」 「じゃあ手短にお願いしますね。先輩は休みでも私は忙しいんです」 「なにか予定があるのか?」 「はい。これから最終下校時刻まで勉強をする予定です」 「予定はないんだな。なら、じっくり話ができるな」 「いや、予定……」  勉強は予定に入りませんってか? 人の予定を都合よく解釈するでないよ。 「あんた、名前なんていうんだ?」 「えぇー……」  名乗りたくない。名乗りたくない! だって名乗ったら知り合いになってしまう。そしたら廊下ですれ違った時に挨拶をしなくてはいけないじゃないか。大した接点もないのに、気を使って「おはようございます」とか言うんだよ? 嫌だ、めんどくさい! 「オイコラ、先輩が聞いてんだからとっとと答えろよ」 「えぇー……」 「答えないと2年の教室全部回って聞き込みすんぞ」 「2年1組中川紫穂と申します」  なんたる脅し! 皆守先輩に聞き回られ、探し当てられた暁には、いらん噂が立つに決まってる。嫌だ、嫌だ。そっちの方がもーっとめんどくさい。 「最初から素直にそう答えてりゃいいんだよ」  皆守先輩が二カッと笑う。やってること爽やかじゃないのに、顔だけ爽やかだ。 「用件はなんですか?」  こうなったら早いとこ話を終わらせてやる。そして勉強時間を確保してやる! 「あのな、紫穂ちゃん」 「うわぁ……」  いきなり名前呼び。ちゃん付けとか……仲良くなりたての友達か! 先輩、距離の詰め方間違ってるよ。 「なんだよ、うわって」 「なんで名前で呼ぶんですか。中川と呼んでください」 「い、良いだろ、別に。なんて呼ぼうが俺の自由だろ」 「いや、友達じゃないんですから」 「……」  説得が功を奏したか? 先輩は黙ってなにかを考え込んでるみたい。まぁ考えなくても、ちょっと顔を知ってる程度の後輩を名前で呼ぶなんてどうかしてるって、分かると思うんだけど。 「……こ、これから友達になるから、じゃあダメか?」 「は、い?」  驚いたせいで思いのほか語尾が上がった。  冗談でしょ? 私が先輩と友達に……?  なんだなんだ、なにがあったんだ。という疑問が顔に出たようで、先輩が慌てたように説明を加える。 「この前のこと感謝してるんだ。俺、あのままだったらきっと最後まで部活に顔出さなくなって、それで、全部終わった後に後悔したと思う。そうならないで済むようにしてくれた紫穂ちゃんと、もっと話がしたいんだよ」 「相変わらずの純粋馬鹿か、こいつは……」 「え、今なんて言ったの?」 「あー、いいです。ひとり言なんで。ていうか別に先輩のためにしたわけじゃありませんし。そこの席使いたかっただけなんで」 「照れるなよ」 「照れてねーよ。あ、間違った……照れてないですよ」  本音を言っただけですよ。あぁ、違う。こっちは敬語じゃなくて良いんだって! 「なんにしてもさ、俺は助かったって思ってるんだ。感謝してて、それを伝えたいって思うのは不思議なことじゃないだろ」 「えぇ、まぁ」  不思議ではないな。迷惑だが。  かみ合わない会話を続けること十数分。ようやく先輩は腰を上げて、図書室から去っていった。心なし後ろ姿が軽やかだった。  それもそうだろうよ。結局奴に、私の友達の座を一つくれてやったのだから。  抵抗はした。けれどあまりのかみ合わなさに、さすがに私も疲れ、そして時間がもったいなくなったのだ。  よっこらしょ、と指定席に腰をおろす。 「……あったかいな」  腰の下に残るぬくもり。そして網膜に焼き付いた笑顔。  ……うざったい。不快だ。  余計なことを考えたくなくて、普段通りに勉強の準備を開始する。だというのに、なぜか集中できなかった。  そしてこの日は最後まで気が散ってしょうがなかった。  皆守先輩を思い出す。今の先輩じゃなくて、4年前の先輩の方だ。  私がまだ中学1年生で、バスケ部に入部してひと月頃のこと。小学校時代にミニバス経験のあった私は、他の新入部員が基礎練をしてる中、先輩たちに交じって実戦練習に参加していた。  私はその時、一つの大きな壁にぶち当たっていた。ポジション変更である。  小学生の時ににょきにょき伸びていた身長のおかげで、ミニバスではセンターを担っていた。実際小学生で168センチはかなり高かったと思う。  けど中学校ではそこまで高い方にはならなかった。先輩の中には180近くある先輩もいて、私はセンターとしては使い物にならなかったのだ。  そうは言われても、センターとしてプレイしてきた私にドリブルという武器はない。ロングシュートという武器もない。  不幸中の幸いだったのは、私がそんなことでくじけるようなメンタルではなかったことだ。  武器がなければ作れば良いじゃん♪  思い切りよくゴール下のプレイを捨て、センターへの未練を断ち切り、ドリブルとシュートを磨いた。そしてスリーポイントシュートで芽が出た。  シューティングガードへの転向に成功した私は、スタメンとまではいかないけれど、時々試合に出してもらえるようになった。  そんな順風満帆なある日のこと。試合会場で、私は迷子になった。  不幸中の不幸で、私は迷子になったことになかなか気付かなかった。迷子を自認する能力すら欠けていたのである。  試合が行われている体育館から離れ、どことも知らない学校の校舎の周りをうろうろする羽目になってしまった。  校舎の影になっていて日が届かない、じめっとした場所。そこで、大きな体を小さくまとめて泣いている少年に出会った。白いシャツの下にはどこかの学校のユニフォームを着ている。 「え、どうしたの? 迷子?」  この瞬間、私自身も迷子であると気付いた。 「違う。一人になりたいだけだ。俺に構うな」  尋ねたのは私だけど、返答なんか聞いていなかった。それより自分のことで精一杯。  やばいぞ。迷子だ。みんなは一体どこへ行ったんだ? 「君は迷子じゃないの?」 「放っておいてって言ってるのに」  どうやら迷子じゃないらしい。それは良かったが、ではなぜ泣いているのだろう? 「泣いてるのなんて見ちゃったら放っておけないでしょ。放っておいてほしいなら、もっと人に見えないところで泣いてよね」  途端、少年が唖然(あぜん)とした顔になる。 「いや、だからここで泣いてたんだけど」 「あー、そっか。ごめんごめん」  横に腰掛けようかと思ったけど、コンクリートが濡れて冷たそうだったからやめて、代わりに向かいの壁に寄りかかる。 「で、どうしたのかな、少年。なにか悩み事かな?」 「なんであんたに話さないといけないんだ」 「別にいけなくはないよ。けどさ、ここで泣いてたってことはチームの人にも話せないことで泣いてたわけでしょ? だったらあとくされない赤の他人に吐き出しちゃえばいいんじゃない?」  少年は大変素直だった。 「俺、チームにいらなくなりそうなんだ」  私の口車に乗って、少年は話しだす。 「今までセンターだったけど周りの身長が伸びてきて、チームメイトに勝てなくなってきた。今日だって、スタメンだったけど途中で交代させられちまったし」 「どっかで聞いた話だな~」 「なんて?」 「いやいや、ごめん。続けて、続けて」  話は最後まで聞いてみないと分からないぞ。もしかしたら急カーブするかもしれないし。 「試合の後、監督に言われたんだ。身長も技術も権田……あぁ、同じセンターのチームメイトの名前なんだけど、権田の方が伸びてきてるって。俺の身長がこれ以上伸びないなら、センターを続けるのは難しいって!」  言葉の最後の方が震えてた。 「うん、分かった。これは運命だな」 「なに言ってんだ?」 「私がここで君と出会っちゃったのは運命ってこと」  じゃないと、ここで私が悩んでいたのとまったく同じ悩みを持つ人に会うなんて、説明が付かない。 「私もね、同じことで悩んでたの」 「そんな冗談……」 「ほんと、ほんと。ミニバスでは背高い方だったからセンターやってたんだけど、中学上がったら周りの方が高くて、シューティングガードに転向したばっかなの」  パチクリと、少年は上目遣いでこちらを見てくる。 「嫌じゃなかったのかよ」 「別に。私、バスケ好きだし。楽しめるならポジションが変わるくらいなんでもないよ」 「大変じゃなかったのか?」 「大変に決まってるでしょ。でもバスケを止めるつもりなかったから、選択肢が他になかったの」 「今、試合出られてるのか?」 「ぼちぼち、ね。ただあのままセンターにしがみついてるよりは出られてると思うよ。ていうか、私1年だし、数十秒でも試合出られるならありがたいかな」 「1年っ?」  少年は大きな声で叫ぶと、勢いよく立ち上がった。 「年下かよ!」  立ち上がった少年は、想像していたよりも大きかった。多分180弱くらいかな。 「タメ口で話すから同い年かと思っただろ。ちゃんと敬語使えよ」 「こんなところでメソメソ泣いてる子を先輩だと思えるわけないです」  と言いつつ速やかに敬語に移行。  生意気言ったことを怒られるかな、なーんて考えていたけど、そんなことはなく、彼はズーンと落ち込んだ。 「俺は1年生に諭されていたのか……」 「そんなに落ち込むことないです。歳は先輩の方が上でも、壁に当たったのは私が先です。だったら私が教えても良いと思います」 「今度は道理を諭されるとか……」  さらにズーンと影がのしかかる。  うーん、これ以上慰めると逆効果な気がする。  どうしたものかと、悩んでいると、遠くから声が聞こえてきた。 「しーほー」 「どーこー?」 「あっ! 先輩の声だ!」  居なくなった私を探しに来てくれたらしい。 「私、行かなきゃ。……もう、平気ですか?」 「あぁ、つーかこれ以上頼っちまったら俺のプライドにかかわる」  無理やりな笑顔で笑った先輩。 「プライドとか言えるなら大丈夫そうですね。では、お達者で!」  そうして私と先輩の邂逅(かいこう)は終わりを告げた。  直接顔を合わせることはなかったけれど、気になっていた私は試合会場でいつも先輩を探していた。そして華麗にスリーポイントを決める姿を発見した時、心から安堵したのだ。
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