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バスケの女神さま
たっくんの計らいで仲直りした私たちは、二人並んで学校へと向かう。
「友達に戻れた記念にさ、ちょっとお願いがあんだけど」
「なんですかー、お金なら貸しませんよ?」
「いや違うし! じゃなくて……今度の土曜にさ、試合があんだよ」
「それって……」
この間言ってた最後の試合ってやつだよね。
「夏の予選。まぁうちはそんな強豪じゃないし……たぶん引退試合になると思う。だから、見に来てほしいんだ」
「出られるんですか?」
ちらっと指先を見る。もう包帯は巻かれてない。
「スタメンは無理だけど、途中で何度か出ることにはなると思う。これも紫穂ちゃんのおかげだよ。紫穂ちゃんがあの時、俺を部活に行くように促してくれたから、最後まで部活に貢献できた。ありがとな、ほんと」
「別に、大したことしてませんよ。うじうじしてる人がいたら、尻を叩きたくなるのは性分なんで」
「あはは。それは周囲にとってありがたい性分だな」
そういえば皆守先輩のプレーしてる姿って、もう何年も見てないな。たしか最後に見たのは私が中二になったばっかの頃にあった周辺校との大規模な練習試合だった気がする。とすると、丸三年前になるのか。
「いいですよ。見に行きます」
校舎裏で泣いてた少年がどこまで成長したのか気になるし。
「ほ、ほんとかっ?」
「うわっ! びっくりしたー。いきなり腕をつかまないでくださいよー」
驚いた。あと……驚き以外でもちょっとドキドキしてる。皆守先輩相手にこんな気持ちになるなんて、なんか負けた気分だな。実際押し負けたわけだけど……。
「じゃ、じゃあ! 来てくれ! えっと場所は……あぁ、部室行かないと分かんない!」
「先輩落ち着いてください。詳細はあとで連絡してくれればいいですから」
「わかった! あ、連絡先!」
言われて気付く。そう言えば連絡先までは教えてなかったな。学校での会話で交流は足りていたから……むしろ私的には溢れてたって感じだし。でもそれはこれまでのこと。
「連絡先、交換しましょう。友達、ですから」
ちょっと照れくさいけど、友達という関係も悪くない。
「あ……そ、そうだな」
今までの先輩の言動からすると、もっと喜ぶかと思ったのに……なぜか先輩は少し無理をした笑顔を見せただけだった。
「懐かしいな~、この空気♪」
バスケを一番感じられるのは聴覚だと思う。キュッキュッというバッシュの音と、床にボールが打ち付けられるたびに体育館を揺らす音。それに選手たちの声出し。すべての音が体育館を満たしている。こんなに調和のとれた心安らぐ空間に、また来られるなんて……。
「来てよかった」
予選だから大きな会場じゃなかったのが、むしろ懐かしさを引き出す。
学校の体育館での試合だから観客席なんて少ししか用意されてないけど、それでも空席があった。それもそうだ。選手の家族が見に来るだけだから。
私もその中に紛れて腰を下ろす。テーブルオフィシャルズのすぐ隣、コート全体が見渡せる場所をちゃっかり確保。
試合前のウォーミングアップをしているうちの学校の選手たち。もちろんその中に、皆守先輩とたっくんもいた。
皆守先輩やっぱり綺麗なフォームだなぁ、なーんて感心してたんだけど、残念、外した。指が治ったとはいえ、練習不足は否めないか。
リングにはじかれ、ボールは大きく跳ね返り、こちらに向かってくる。途中三度ほどバウンドして私の足下に転がった。
「はい、どうぞ」
ボールを追って走ってきた先輩に差し出すと、先輩はなぜか瞠目した。
「なんですか、その顔。まさか来ないと思ってたんですか?」
「え……いや、そうじゃなくて……紫穂ちゃん、君」
ブ――――ッ。
練習終了の合図が鳴り響き、選手たちは自陣のベンチへと引き上げていく。
「先輩、戻らないと」
「あ……紫穂ちゃん」
「皆守! 早く戻れっ!」
「監督さん、呼んでますよ」
皆守先輩の様子がなんか変。なにか言いたそうなんだけど……。
「話なら試合が終わってから聞きますので、早く戻ってください」
「わ、分かった。行ってくる」
駆け足で戻る先輩を見送り、椅子に座る。
先輩が言っていた通り、スターティングメンバーに先輩は入っていなかった。
試合の序盤は互角の戦い。取られれば取り返すを繰り返して試合は進んでいく。だからこそ皆守先輩が出ていないのが惜しい。先輩のスリーがあれば、少しはうちに有利だったのに!
先輩が出てないのは、怪我から復帰したばかりでスリーポイントにさほど期待できないから……なんだけど、やっぱり皆守先輩の綺麗にネットを揺らすシュートを見た経験があると期待したくなる。
そんなもどかしい思いで見ていた第1Qが終了した。3ポイント差でうちが相手を追うかたち。ゴールは同数だったけど、そのうち相手は3回スリーポイントだった。
第2Qになっても流れは変わらない。両陣営とも頻繁に選手を交代させて主導権を握ろうとしているけど、拮抗していて大きく傾くことはない。
そのままハーフタイムに突入した。点差は少し開いて7点差。このままじりじりと開いていきそうで怖い。
皆守先輩は最後の試合って言ってたし、勝てないと思っていたのかもしれない。でも実際試合を見てると勝てそうな試合だ。スコア上では負けてるけど、たぶん実力的にはどっちが勝ってもおかしくない。流れをつかんだ方が勝利する、そんな試合。
「中川さん」
「たっくんだー」
第3Q前の練習中に、たっくんが私を見つけてやって来た。
「皆守先輩の応援に来たの?」
「そうだよー。ついでだからたっくんの応援もしてあげよう」
「ついでかよ!」
「まぁ出たらの話だけどねー」
たっくんもまだコートには立ってない。
「確かポイントガードだったよね。それじゃあなかなか出番回ってこなさそう」
「それを言うな。悲しくなる」
視野の広さがものをいうポイントガードはセンスもあるけど、やっぱり3年生の先輩の方が上手なようだ。試合を見てても、確かに上手かった。
そんな話をしていたけど、第3Qの頭からたっくんの出番は回ってきた……だけど。
「うーん。これは全力で応援したくなる……」
悪い意味で。見ていて不安を感じるほど、ボールが通らない。他の選手が積極的にボールを受け取れる位置に動いているけど、たっくんより相手チームの方が反応が早い。
シーソーゲームの均衡は崩れ、一気に突き放される。途中で監督が交代させたけど、点差は21点まで開いていた。
これはたっくんきついだろうなー。ベンチに戻ったたっくん泣きそうに見えるし。それを皆守先輩が背中をたたいて励ましている。キャプテンらしいことしてるの初めて見たかも。
第3Qも残り1分ほどとなった時、ついに皆守先輩がコートに入った。やっぱりキャプテンやるだけのことはある。上手い。
ゲーム前の練習では分からなかったけど、ドリブル力もディフェンス力も高かった。相手のオフェンスを二度止め、第3Q終了間際には45度からのスリーを難なく決めて、点差を14点まで縮めることに成功した。
試合が決する第4Q。今度は最初から皆守先輩が入っている。
悔いのない試合にして欲しい。勝ち負けよりもそんなことを祈ってしまい、私はもうプレイヤーじゃないんだなと実感する。試合に出てる選手だったら、勝ち負け以上にこだわることなんてありはしないのに。
「先輩、頑張って」
歓声にかき消されるし、そもそもこの距離じゃ届くはずない。けどなんとなく口に出して応援したかった。
すると聞こえてるはずないのに、皆守先輩がこっちを向いたじゃないか。
……偶然に決まってる。
皆守先輩の勢いはすさまじかった。本当にあの人、怪我から復帰したばっかなの?
打つシュート打つシュートすべてがリングに吸い込まれてくって……絶好調じゃない。
試合終了20秒前には、あと3点まで迫っていた。つまりあと2ゴールで逆転。その上、今コート上には皆守先輩がいる。1本であってもスリーなら同点になる。
ここまで面白い試合になるなんて、思ってなかった。先輩には悪いけど、私は単に皆守先輩の高校最後の試合を見に来たのだ。
「もしかして、最後じゃなくなるかも」
勝てば続く。
観客である私の頭に「勝利」の二文字がちらちらと浮かぶくらいだから、たぶん選手たちはもっと意識してる。
相手チームもここまでリードしてきたプライドがあるようで、なかなかスコアは動かない。
残り時間2秒。先輩がローポストでボールを要求する。相手の反応が早く、ボールは入らない。しかしそれはフェイクだったようだ。そのまま外に出てきて再びボールを求めた。
そこは先輩が得意としてる0度からのスリーポイントの位置。
ボールを受け取った先輩はシュート態勢に入る。が、ディフェンスも同時に飛んでいた。
「諦めないで!」
思わず声が出る。
ボールが皆守先輩の手を離れた後、ディフェンスが腕にぶつかった。ピッという短い笛の音が鳴り、間を開けずにブザーが鳴る。
そして静寂の中、ボールがネットをくぐる音がした。
ワァッとうちの学校の陣営が盛り上がる。それもそうだろう。
「4点プレイ……ここに来て……」
これはすごいシューターに成長していたもんだ。予想をはるかに超えてるし。
スコアが181対181の同点になる。フリースローを決めれば逆転勝利。
皆守先輩がフリースローを外す姿なんて想像できない。だって先輩はシューターで、この試合で何度もシュートを決めている。
絶対に、入る。
この試合最後のシュートは、水を打ったような静寂の中放たれた。予想と違わぬ綺麗なアーチを描いて、リングに当たらず潜り抜け、今日一番のいい音を鳴らした。
「お疲れさまです、皆守先輩」
試合を終えて解散したのを見計らって声を掛けると。勝利を収めた先輩は、満面の笑みを浮かべて走ってきた。
「紫穂ちゃん!」
「のわっ! 苦しい! なんで抱き着いて来るんですか!」
「だって紫穂ちゃんのおかげで勝てたんだ」
「い、意味が分かりません」
もともと言動に意味不明な点が多かったけど、今回も訳が分からない。
「紫穂ちゃんが女神さまだったんだな」
「頭大丈夫ですか?」
ゲーム中にぶつかったりとかしてないはずなんだけどな。
「なんで隠してたんだよ」
「なんの話ですか?」
「とぼけるなよ。4年前に俺と会ってるだろ」
おや。
「思い出しちゃったんですか?」
「あぁ、ボール持った紫穂ちゃんを見て思い出した。ったく試合前に動揺させてくれやがって!」
「そんなこと言われましても」
ボール持ったら思い出させるなんて思わないし。ていうか、本当によく結びつけたもんだ。
「あの時の子が紫穂ちゃんだなんて……俺、絶対にかっこ悪いとこ見せられないじゃん」
「あー、だからかもしれませんね。今日の試合、終始かっこよかったですよ」
「……それ、わざとか?」
「なにがです?」
「そうか、そうか、無意識の殺し文句か。まいった、降参だ」
両手を上げて先輩が離れていく。ったく、重たいったらないな。
「なぁ」
「なんですか?」
「付き合わないか?」
「……どこにですか?」
「いや、そういうボケいいから」
「試合後だし、お腹減ったから食事でもどう? って意味かと思いまして」
「そうじゃない方だ。分かれよ!」
「別れよう?」
「違う! だぁぁー、もう! なんて言ったら伝わるんだ! 察しろ!」
「えー、先輩は、私に付き合うイコール恋人申請って思えって言うんですか? うぬぼれてるみたいで私に似合わないっていうか……」
痛い人みたい。特別な美人じゃないとハードル高いぞ。
「うぬぼれろ! こんだけ深くひっかけといて、調子のんな!」
「うぬぼれろって言われたの初めてです」
どんな告白だよ。
「いいから、返事はっ?」
「……こんな私でいいなら」
友達から恋人への移行するまでが早かったなぁ。実質四日だ。
「むしろ紫穂ちゃんじゃないとダメに決まってんだろ」
これまでだったら今の台詞に呆れてたんだろうな。今は嬉しく感じるなんて、私も相当重症だ。
4年前のあの少年と再会を果たして、恋人になるなんて。
「これは運命だな」
「これは運命だな」
私と先輩が同時に同じ言葉を発した。
えっ、この言葉でハモっちゃうとか、気持ち悪いんだけど。
「やっぱり紫穂ちゃんもそう思うか?」
先輩は気持ち悪いと思ってないみたい。なんで?
「4年前に紫穂ちゃん言ってたもんな。似た境遇の俺たちが出会ったのが運命だって。きっとこれもその延長なんだな」
確かに言った。そっか、だから先輩もこれを運命だって感じたんだ。
「私も、同じです」
私もちょうどあのころを思い出してた。
きっと私たちは運命で強く結ばれてる。そうとしか考えられない。
……あぁ、今までだったら寒いとしか思えない思考が、当たり前のようになっていく。けど、すごく心地がいい。
きっとこれから、私は先輩の影響を受けて変わっていく。きっとそれはもっと幸せになった証、なんだろうな♪
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