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「そういう言い方はセクハラよ、まあ確かに成績はよかったけど」
橋向はビールジョッキを傾けながら答えた。
「(美女が言うセクハラは許せる)ねえ、藤代さんは? 元から営業希望だったの?」
言われてソルティライチを飲もうとしていた奈々は、手を止めた。
「ううん、私はどこでもいいって希望を出してたよ。でも専門学校も設計の勉強をするところだったから、ここに配属されたみたい」
「あ、短大出て専学出て入った子がいるって聞いたけど、藤代さんかな? 同じ年じゃないかって」
「あ、そうかも。卯年?」
「卯年!」
「わあ、同じ年だぁ」
思わずお互いに、両手を頭につけウサギの耳を表した時、
「藤代」
一番遠くから声がかかった、奈々が嬉しそうな顔で振り返ったのを長島は見た、その視線を追って思わず目を見張る、部長の金原友弥と目が合った。
「こっちへ来い」
横暴とも言える言葉だが、奈々は「はーい」と返事をして立ち上がり、いそいそとそちらへ向かう。
その背を見送ってから長島は聞いていた。
「──なんすかあれ、パワハラっすか?」
市松たちは笑い出す。
「パワハラっちゃあパワハラかなあ。まあ仕方ないわね、社内じゃ一応我慢してるみたいだし」
植木が答える。
「我慢? え、恋人? 奥さんですか? 苗字違うけど」
職場が同じだと、わざと別姓で名乗る場合もあると聞く。
「恋人よーん、しかもまだ付き合って半年の、初々しいころ!」
市松が自身の体を抱き締め、悶えながら言う。
「えー、部長が一番若い女を引っかけるって」
「まあ、いろいろ事情がね。まあ仕方ないのよ」
遠藤がうんうんと独り納得しながら答えた。
(いや、待て待て、俺の楽しい社会人ライフが)
思わず横目でふたりを確認していた。飲み会の席で呼びつけた割には、隣どうしに座ってもイチャイチャベタベタする様子はなかった。付き合いたての初々しい頃とは見えない、金原友弥は淡々と酒を飲み、奈々は笑顔で話しかけている。
(単に俺から引き離そうと?)
下心がばれたかと肝は冷えたが、
(なあに、てめえみたいなおっさんには負けねえよ)
違う闘志が燃え上がる。
*
20時、退店を促され皆で店を出た。
「ぶちょー」
奈々が真っ赤な顔で目も座らせて友弥を呼ぶ。
「また、今日はえらい飲んだな」
奈々を支えながら友弥は言う。
「えへへー、だって嬉しいんだもーん」
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