恋に破れた男

1/1
前へ
/19ページ
次へ

恋に破れた男

「いい式だったな。」  (りく)がグラスを揺らしながらつぶやいた。 「ああ。」  今日は、知花(ちはな)(かみ)さんの結婚式だった。  俺と陸は、なんて事ない会話が弾んで。  事務所で行われた二次会の後、二人で三次会に繰り出している。 「それにしても…おまえ、バカだよな。」  ふいに、陸が鼻で笑った。 「何。」 「知花のことだよ。」 「……あ?」 「結構マジだったクセに。」  陸の言葉に、俺は苦笑い。 「…神さんには、かなわない。」 「まあなー…そりゃ、俺でも自信ねえや。」 「陸、気付いてたのか?」 「何を。」 「俺が、知花のこと…」 「気付いてたさ。」 「……」  陸は…俺の親友であり、SHE'S-HE'S(シーズヒーズ)のバンドメンバー。  それ以前に…俺の想い人でもあった。  桜花学園の中等部三年の途中でやって来た、見た目が派手で調子のいい転校生。  それが陸だった。  その見た目に反して、意外に真面目。  驚くほど頭がいいのに、それを鼻にかけない人のいい所に好感が持てた。  なぜ…そんな人気者の陸が、周りに多く群がった輩ではなく…  遠巻きにその姿を眺めてた俺を友人に選んだのか。  それは、今でも謎だ。 「一緒に帰ろうぜ。」  そう誘われた時、動揺したし…  赤くなってしまったのを覚えている。 「それにしても…SHE'S-HE'Sのメンバーが全員揃って活動を始めて五年か。早いな。」  グラスを揺らす陸が、どこか遠くを眺めるようにしてつぶやいた。  ふいに…陸が知花にスカウトされた頃の事を思い出す。 「俺、音楽屋でスカウトされた。」  大学の食堂で、陸が鼻で笑いながら言った。 「…は?スカウト?」  それを聞いた時、俺はてっきり…モデルかタレントか…だと思った。  陸は老若男女、誰もが認める色男だ。 「高校生の女の子に、バンド組まないかって。」 「あ。」  そこで…ピンと来た。  俺は俺で、幼馴染の七生聖子から。 「光史ー、一緒にやんない?」  と、しつこく誘われてたからだ。  友達と二人でメンバーを探してる。と。 「黒髪の背の高い女?」 「黒髪に眼鏡の普通身長の女。」  …て事は…聖子ではなく、聖子の友達の方か。  俺はまだその友達とやらには、お目にかかった事がない。 「で、なんて答えたんだよ。」 「ん?まあ…一応礼儀として、合わせてみなきゃ何ともって答えたけど…」  ふっ。  俺は陸のこういう所が好きだ。  意に沿わないなら、すぐに断ってもいいものを。  きっと、何万分の一でも可能性があるなら。とでも思ったのかもしれない。 「でも、ルックスは何とも言えない感じの子だったなー。」  聖子の親友って聞いただけで勝手に美形を想像してた俺は、その言葉に若干ガッカリはした。  それは、見た目のいい女と出会いたいとかじゃなくて。  聖子が親友と呼ぶぐらいだから…完璧を想像したのかもしれない。  俺から見ると、幼馴染のよしみを除けても、聖子はいい女だ。  外見も中身も。 「で、おまえは幼馴染に誘われてんだろ?」 「ああ。あいつとは昔っから一緒にギター弾いたり色々やってたからな…まあ、音楽センスに間違いはない。」 「見た目は?」 「…そこかよ…」  俺は目を細める。 「カッコいい系の女だよ。」 「おーう…俺の好みは可愛い系だな…」 「バンドだぜ?好みは関係ねーだろ。」 「やる気にプラスされねーかな。」  まだ、聖子と知花とバンドを組むとは決まってなかった頃は…  そんな会話もしていたのに。  初スタジオの時。  確かに、陸の言う通り…何とも言えない感じの知花を見て、心の中で小さく笑った気がする。  聖子の親友?と。  似合わない眼鏡。  重たそうな髪の毛。  余計なお世話だが、どうにかならないものか。とも。  だが…歌を聴いて、どうでも良くなった。  それは陸も同じだったようだ。  気が付いたら、手を差し出していた。  この子のために叩きたい。  本気でそう思った。  そして、その後…知花の重たそうな髪の毛がウィッグで。  似合わない眼鏡も変装のためと知って。  その…素顔の知花に出会った俺達は…たぶん、同じように思ったはずだ。 『可愛い』と。  その時すでに、知花は神さんのものだったとも知らず。 「SHE'S-HE'Sが始動して、メンバーと一緒にいる時間が増えた。なんつーか…俺はマジでみんなを家族みてーに思ってるんだよな…」  相変わらず遠い目をしている陸に苦笑いしながら、勝手にグラスを合わせる。  俺も同じだ。と言わんばかりに。 「そう言えば、最近聖子がイライラしてるように見える。」 「そうか?」 「ああ。朝霧カウンセリング室は開催されてないのか?」 「何だよ、それ。」 「以前、聖子が『光史んちに愚痴吐きに行って来る』っつって、ビール買い込んで帰ってたけど?」 「あー…俺が家を出てからはなくなったな。」 「実はあいつも知花と同じぐらいに溜め込む奴だし、たまには聞いてやれよ?」 「……そうだな。」  一瞬ドキッとした。  もしや、聖子が俺にしか打ち明けていないあの事を…陸は気付いてる…?  いや…まさかな。 「あー、知花と神さんの幸せ見てたら、俺も女欲しーとか思っちまった。」 「ははっ。おまえはいつもだろ?」  俺の言葉に陸は『間違いない』と小さくつぶやいて。 「よし、今夜は新しい恋に出会いに行くぞ。」  そう言って席を立った。 「おー…久しぶりだな。」  正直…陸と出会うまでナンパなんてした事がなかった。  そして、成功率100%の陸にあやかる形で、俺もいい思いをさせてもらっている。 「光史、まだ飲めんのかよ。」 「もう少しならいける。」 「じゃ、行くか。」  何気にハイテンションで次の店に向かった。  そしてそこで陸が女の子と出て行ったところまでは覚えてる。  そのあと…俺は…
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加