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エピローグ
自由に空を駆ける小さな二匹の竜が、鳴きながら青空を旋回していた。風に靡く青々とした草原に着陸すると、その瞬間に小さな人間の子供の姿になる。
褐色の肌に銀の髪、少女の瞳は青で、少年の瞳は紫色。
立派な角になるには、まだ時間が掛かりそうな捻れた赤い角。楽しそうにはしゃいで笑い合い、子供たちはじゃれあっていた。
『にーに、まってー!』
『おそいぞ、アイシャ。そんなにかんたんにつかまらないぞ!』
そういって逃げ回っていた兄が躓いて転ぶと、大笑いしたアイシャが、『背中に乗ると捕まえた!』と心の中で大きく叫んだ。
二人を覗き込むように影が過ると、兄妹は同時に顔を上げる。
『ぱぱー!』
『父さん、すこしだけたかくとべるようになってきたよ』
アイシャを抱き上げると、イノシュは兄に手を伸ばして起き上がらせた。甘えるように首元に抱きつく娘をあやしながら元気すぎる息子を少し心配するように言う。
『オーエン、あまり無理しすぎるんじゃないぞアイシャが真似をして、クロエがまた心配する。さぁ、昼ごはんにしよう』
『わかってる! もうおなかペコペコだよ』
背後から愛しい人の声がして、オーエンは嬉しそうに走り出すと母親の元へと向かい抱きつく。クロエは息子の頭を優しく撫でてやる。
今日は、親子で人気の無い大きな草原までやってきた。ここでなら自由に子供たちを遊ばせてやることが出来る。
娘を抱きながら歩いてきた愛しい竜と軽くキスすると、二人は優しく微笑みあった。
食材はいつものように現地調達だが、鍋と調味料は我が家から持ってきたものだ。
美味しいスープとこんがり焼き上がった肉料理が出来た。イノシュも当初、生肉を好んでいたが、今ではすっかりクロエによって調理された肉料理を好んで食べるようになっている。
良い香りに子供達は元より、イノシュも嬉しそうに微笑んでいた。
『二人が元気すぎて困るよ』
「本当、一体誰に似てしまったのかしら? さ、今日はママが腕によりをかけてお料理作ったからね。皆で食べましょうね」
子供達の頬張る顔を見るだけで、二人は幸せな気持ちになった。産婆がいない洞窟で懸命に出産を手伝ってくれたイノシュ。先代の本を読みながら半竜の子を一緒に育てた。いつかこの子達も住処を離れ、愛する人に巡り合うのだろう。
二人は、そっと互いの手を取り合うと口付けた。この愛は永遠で、二人が死を分かつまで互いを支え共に過ごすのだと。
それから長い月日が経ち、クロエとイノシュはその命が果てるまで永遠の愛を貫いた。
大人になった竜の息子のオーエンと、竜の娘のアイシャは、この思い出の草原に両親の墓を立てると、其々の愛しい人と運命を共にするべく旅立ったのだった。
✤✤✤
そしてこの物語は後に村人達によってこう伝えられる事になる。
星降りの谷に住む天空の神の元へと嫁いだ娘クロエは、化身である星屑の竜の背中に乗り村に雨と豊穣の恵みを与えた。
祖父母の様子を心配した星屑姫は、一度下界へと戻った。村人達は一晩クロエをもてなし、竜の背中に乗って聖女は天に帰っていった。
彼女の生家は更地にされ、聖なる乙女の聖域となり、天空の神と聖女クロエの教会へと変わった。そして生贄の儀式はクロエを最後に永遠に行われる事は無かった。
END
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