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第5話 沈黙の竜と生贄の星屑姫
初めてのキスに、クロエは頬を染めその腕に自分を抱くイノシュをじっと見つめた。あんな酷い事を口にしたのに、彼は自分を助けに来てくれた。それだけで全ての恐怖が氷解してしまいそうな位に嬉しかった。
それにしても、どうやってイノシュは自分の危機を知り、駆けつけてくれたのだろう。
心配そうにクロエの頬を包み込む竜にクロエは疑問をぶつける。
「イノシュ……助けに来てくれてありがとう。さっき、貴方の声が聞こえた気がしたの、夢じゃないよね?」
『夢じゃないよ。クロエの声が聞こえたから僕は君の元へ飛んだんだ。クロエが僕を愛してくれたから、僕の声が君に届くようになったんだ』
「私が……愛したから?」
頭の中に、イノシュの低い声が響き渡った。直接脳に彼の言葉が届くような、不思議な感覚だった。彼の話によればこうだ。
多くの竜は古来より、天空の神や他の神々の乗り物だった。ある時、イノシュのご先祖で星屑の竜は一人の人間の男に恋をした。神の子である人間に恋をする事は、獣である竜には禁忌だった。
これを知った天空の神は怒り、星屑の竜が人と話す為の言葉を封じて天界から追放してしまったと言う。
――――ただし、二人の愛が真実なら、心を通じ合わせる事が出来ると言う恩情をかけた。そして二人は真実に愛し合い、星屑の竜の子孫が生まれた。
「私達の愛が、真実なら……。イノシュも私を愛してくれたの……?」
『あの日、空から堕ちてきたクロエを抱き止めた時から恋に落ちていたよ。クロエを知る度にもっと愛しくなった。でも僕は、君を怖がらせてばかりで……』
クロエは頬が熱くなるのを感じた。物言わぬイノシュは人のする事全てに新鮮な反応をしたし、可愛らしいく思っていたが、こうして言葉を交わして心を通じ合わせると、別の面も垣間見えて心臓の鼓動が早くなる。
クロエは、あの日言えなかった事を口にした。あの小さな洞窟の中に置かれていた白骨化した遺体は、何だったのだろう。
「イノシュ、あの洞窟にあったご遺体はなんなの? 私はてっきり貴方が竜の姿になってしまっのを見て、あの人達が食べられてしまったのかしら、と思ったの」
『君が触れた時、驚いてしまってあんな風に鳴いてしまったんだ。竜の姿に戻ると少し獣性が強まるから……。時間が経ったら説明しようと思ってた。
あの人達は人間の方のご先祖様と、空から降ってきた女の子達だよ』
竜の姿を突然見られた事に彼は、戸惑っていたのかもしれない。そんな表情だった。
空から降ってきた人、と言うのは過去の儀式で犠牲になってきた星屑姫達の事だろうか。少し喉を鳴らして彼を見上げると、申し訳なさそうに目を伏せた。
『僕達も、何時も気付ける訳じゃないんだ。だから……助けられなくて。あれは墓なんだ。僕が焼いてあそこに埋葬してる』
つまり、彼女達はイノシュや先代達が受け止められなかった人々の亡骸だ。人とは違う彼等が独自の埋葬をしていてもおかしくない。自分は運良く、イノシュが助けてくれた。彼が自分に気付かなければ、あの場所に埋葬されていただろう。
「そうなの、誤解してごめんなさい。貴方の言葉に耳を傾けていれば良かった。イノシュ、今からでも遅くない? 貴方と一緒に生きていたい。貴方を誰よりも愛してる」
『勿論だよ、クロエは僕の運命の人……僕の星屑姫だ』
イノシュの背中に大きな蝙蝠の羽が現れた。それは竜の時と同じくらい巨大で、空を覆ってしまいそうだ。
クロエの手を恭しく取ると薬指に口付け彼女の腰を抱いた。クロエにとってもうあの村に残る理由も無ければ、心残りだった年老いた祖父母もいない。
この優しい初恋の沈黙の竜と運命を共にしたい。
「丁度、花嫁衣裳を着ていたわ」
『そうだね、僕達二人だけで婚礼しよう。愛してる、クロエ』
彼女を抱いたまま、ノイシュは風を切り、天へと空高く浮くと、暗闇の中で輝く星屑の絨毯と月に見守られながら誓いのキスを交わした。
永遠に互いを愛し、慈しみ合うと。
✤✤✤
洞窟の部屋に戻ると、イノシュはランタンに明かりを灯した。部屋はほんのりと明るくなりベッドの上で向かい合って座る二人を暖かな光が包んだ。
これから起こる事にクロエは、緊張して胸が高鳴なる。知識としてはあるが男性との経験は無い。ましてや、人とは違う彼との初体験なのだから少し体が固くなってしまった。
「あの……私、初めてなの」
『僕もだよ。やり方は、皆が残してくれた本で見たから、大丈夫。でも初めてだから、クロエが痛くない場所を教えて、気を付けるから』
どうやら、先祖代々愛し合う方法を記してくれているらしい。なんの恥じらいも無く真っ直ぐ自分を見つめるイノシュに頬を染めた。クロエが頷くと、大きな褐色の手の平が頬を包んで、ゆっくりと唇が重ねられた。
一度啄むように軽くキスして、舌先が挿入されると分厚くしっとりとした舌が絡まり合ってぞくぞくと体が震えた。静かな部屋に響く、水音とイノシュの吐息に興奮して、思わす甘い声が漏れた。竜の口付けはとても気持ちいい。
「ふわふわして気持ちいい」
『クロエの唇が気持ちいい。まるで羽毛みたいだ』
感嘆の声を漏らして、キスするとそのままベッドにクロエを押し倒した。慾るように舌先を絡め合わせるとクロエの紫水晶の瞳が潤み始める。
二人は、互いの指先を絡め愛しい存在を確認するように握りしめると、深い契を交わした。
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