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文學作品「陽炎」
葉の揺れる音は子守歌のようにさんざめく。
肌に感じる木漏れ日は暖かさと喜びを。まぶたを閉じれば優しい暗闇が訪れる。腰かけたベンチは微睡みの世界へと誘う揺りかごと同じ。静寂の中で遠く子供たちの笑い声が響き、意識は彼方へと霧散していく。
もうここにはいない過去の投影。
懐かしさが生み出す幻想の姿を今は本物のように感じる。私の心に根付くその姿も声も何もかも記憶として刻まれたその人の軌跡。
心の中で久しぶりにその人と交わる。
他愛のない言の葉を紡ぎ咲き誇る花はカラフルな色合いでどこか哀しくそして美しい。
さざ波が寄せては消えて過ぎ去る時の知らせを運ぶ。刻限と共に引き寄せ合っていた意識と心は離される。
惜しむ必要もなく悲しむ必要もなくであれば別れの言葉も必要ない。
小さく手を振る彼方の人へこちらも手を振り此方へ帰る。
優しい暗闇からまぶたを開けば、木漏れ日の残滓が赤く染まっていた。
とても長く。そしてとても短い交わり。
揺りかごから離れる。
足取りは迷いなく過去を背にして明日への道を進みゆく。
誰かから受け継ぎ誰かへと受け渡すバトンを心に。
捉える地平の斜陽は赤く燃えるように輝いていた。
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