出会いの曲がり角

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出会いの曲がり角

「ねぇ……ねぇ!」 「うわっ! ……びっくりしたー。いきなり部屋に入ってきてんじゃないわよ、咲弥! あんたここがどこだか分かってるの?」 「麻美(あさみ)の部屋、だろ」  そうだよ、私の部屋なんだよ。その部屋の主である私に半眼を返してきた咲弥(さくや)。なんて図々しいんだろう。  咲弥は、まぁいわゆる幼馴染ってやつで、生まれた時からずっと一緒に育ってきた。家は道路を挟んでちょうど真向かいになるから、少女漫画に出てくる窓からコンニチハという甘い状況なんかはなかった。……この男とそんな展開演じても、寒いだけだけど。  とはいえ家族同士で仲が良いのは事実で、今までもこんな風に咲弥が私の部屋に遊びに来た事は数えきれないほどある。  ――でも、でもね。私達、もう高校生なんだよ! 乙女の秘密が盛りだくさんのこの部屋に、男の子を安易に呼びたくないんだよ! 「別にいきなり入ったわけじゃなくて、ちゃんとノックしたんだぜ、俺は。なのにひとっっことの返事も返ってきやしねー。なーに、一人でニヤニヤしてたんだよ」 「ニッ!? ニヤニヤなんてしてない!」  と、返したものの、今の今まで頭に浮かんでいた人の事を思い出してしまい、思わず頬に手を当てる。そして、私はしまったと後悔する事になった。 「そう。その顔」  今日あった事を思い出すと、どうしても唇が弧を描くのを止められなかった。 「しょ……しょうがないでしょ!」  あーもう。熱よ、散れっ! ……ダメだ。あの人の事を考えると、力が抜けちゃう。  私のそんな様子を見て、咲弥はふーん、と低く言う。なーに、その顔、文句でもあるわけ? 「鬼の麻美様にもついに春到来、ってわけね」 「誰が鬼よっ!」  そう言い返すと、ピッと指差され、「お前」と言ってきた。当たり前のやり取りに、少しホッとする。  顔に出てないと良いな……”春到来”に実はものすごくドキッとさせられた事。 「で、相手は誰なわけ?」  よいしょ、という掛け声で私のベッドに腰を下ろした。え? 何、居座る気? 「は、はぁ? な、ななななんのことかな? あはははは」 「……」  ……うぅ。沈黙が痛い。分かってるわよ、誤魔化し方が下手だって! 隠し事が出来ない性格なんだもの!  茶番はいいから早く言え、と目で訴えてくる。  ここまで来てはしょうがない。諦めて話すとするか。嫌で嫌でしょうがないけど話してやるんだありがたく思え、と言わんばかりにため息を吐いて私は今日の出来事を話しだした。  男女の差は高校生になると、グンと大きくなる。背丈や身体付きもだけど、精神性が一番大きな差じゃないかと私は思ってる。  高校生になっても教室でバカ騒ぎをする男子を見て、友人の一人が 「あれ止めて欲しいよね~。なんか、周り見てませーん、って感じだしさ。こっちにまで被害が及んできそう」  と言った。 「そうだね」  大きくなった身体を自覚せずに教室内で暴れまわるのは、本当に止めてほしい。  まさにそう考えていた時、椅子にドンという強い衝撃が訪れた。私の座っている椅子はギギギという音を立てて引きずられ、数センチ横にずらされる。 「お、ワリ……あ」 「ハァ?」  私が友人達と一緒に話題にしていたグループとは別の男子が、ふざけていて私にぶつかったらしい。  謝罪をしようとした声は途中で途切れ、私の顔を見て顔を青くする。ふぅん。悪いと思っていながらもその失礼な態度……ありえない!  立ち上がって、「ねぇ」と話しかけた瞬間、相手は脱兎のごとく駆け出した。 「あ、待て!」  逃げるのだから、追わねばなるまい。待ちなさい、と大声で呼びかけつつ私は教室を飛び出した。 「許して下さい、鬼様、麻美様!」 「誰が鬼よ! それで謝ってるつもりなの!?」  鬼。小学校、中学校と常に付きまとってくる私のあだ名。  成長が人より早く、身体が大きかった私は喧嘩で男子に負けることはなかった。誰だか知らないけど、私が負かした相手が悪口で「鬼」と言ったのが始まりとなり、身体が人並みサイズに落ち着いた今でも男子の間では普通に使われているらしい。  本当なら高校では、今はやりの天然ふわふわ系女子に擬態して過ごすはずだったのに! 理想象とは真逆の自分にうんざりする。 「……ッチ! 逃げられたか」  昔は取り逃がすなんてことなかったのにな、なーんて思いながら誰もいない廊下を眺めた。  勢い余ってB棟にまで来ちゃった。だから、生徒の姿がまったくない。  ホームルームのあるA棟と理科室とか音楽室とかの特別教室のあるB棟に分かれているうちの学校。昼休みの今は、ほとんどが自分の教室か、人によっては校庭か体育館で遊んでいるはず。私だってあの男子にぶつかられてたりしなければ、教室で友達とだべっていたはずだ。  あーあ。なんか、災難。  いつまでもここに居る理由もないし、くるりと身を反転させる私。A棟へ続く渡り廊下に行くため、角を曲がった瞬間。  ――ドンッ。ビシャッ。  種類の違う二つの不快感が私を襲った。  何かにぶつかった私は、その勢いに耐えられずに尻餅をつく。 「いた~」 「あ……大変だ!」  え……何事? 状況を把握しようとする私をあざ笑うかのように、状況はめまぐるしく変化する。  なんと、私はひょいと持ち上げられてしまったのだ。 「ちょ……っと! なに……」  何するの? と言いかけて、思わず声が出なくなってしまった。私を抱きかかえていたのはクラスメイトの真田(さなだ)(ひじり)くん。話した事はないけど、顔くらいは知ってる。確か運動はそこそこで、成績はかなりいいとか。 「何、真田くん、何?」 「大変だ! 急がなくちゃ!」  お姫様抱っこで抱えられたまま、私はどこかの教室へと連れ込まれてしまった。理科室だった。その教室が理科室だと分かったのは、薬品の独特のにおいがしたから。  私を机に下ろした真田くんは、いきなり私のブレザーを脱してきた。はぁ? という気持ちで少しの間なすがままにされたけど、さすがにスカートを思い切りめくられた時には膝が動いた。渾身のひざ蹴りが真田くんの顔にヒット……するはずだったのに、彼に軽く止められてしまった。 「邪魔しないで。痕が残る」 「残らないよ、多分」  どんんだけ強いひざ蹴りだと思われてんの!? じゃなくて! 「何、何。何なの?」 「ごめん。制服ダメにしちゃったかも……」 「え?」  申し訳なさそうに私のブレザーを眺める真田くん。私には何が起きているのか全然分からなかった。 「スカートの方は……?」 「うわあっ!」  もう一度スカートを引っ張ってきたので、私は慌てて抑えた。 「手、邪魔」  それだけ言うと、私の両手をまとめて右手で掴み、左手ではスカートを掬いあげてまじまじと見つめている。  ……変態?  こうまでされてもまだ疑問形なのは、真田くんの瞳に欲の色が見えないから。でも、してる事はほとんど犯罪なんだよね。  その真剣なまなざしのまま、彼はこう言った。 「スカート、脱いで」 「………………は?」  何言ってんの? 「もういい。脱げないなら、僕が脱がす」 「いやいやいや。ちょっと待って!」  器用にも左手だけでホックを外し、チャックを下ろしていく。 「きゃあ! 止めて! 変態! 最低男!」  身をよじっても、両手は拘束されてて上手く動けない。自由の利く足で蹴ってみても、軽くかわされてしまう。  そうこうしているうちにスルリとスカートを抜かれてしまう。 「いやっ!」  この状況から起こりうる最悪の事態が頭に過り、情けない声が出た。 「訴えてやるから! 泣き寝入りなんかしないから! 覚えてなさい! 絶対絶対復讐してやるから!」 「うん。そうならないために最善を尽くすよ」  ヒートアップする私に対して、真田くんは冷静にそう返してきた。最善って何? 意味分かんない!  真田くんは私のスカートを手にするとその場から離れた。きつく掴まれていた腕が解放される。 「ちょっとそこで待ってて」  パンツと足丸出しのまま放置された私は、ポカンとして彼の背中を見送った。その背中は、男子としては別に大きいものじゃない。たぶん、普通の部類だと思う。なのにまったく敵わなかった。その力の差に愕然とした。  真田くんは薬品棚からいくつかの瓶を取り出して、その中の液体をブレザーとスカートに当てている。  それが終わるとそのまま私の方に戻ってきた。 「はい。これで大丈夫。……身体の方に痛みとかない?」  真田くんに差し出された制服を素直に受け取るけど、なんか釈然としない。  でもまぁとりあえず、危機的な状況ではないのかな? 「痛いところはないかと、聞いているんだけど?」 「え……? あ、はい。ない……かな?」 「かな? じゃ、困るよ。火傷は痕が残りやすいからね。女の子の肌にそんなのが残ったら大変でしょ?」 「え……えっと」  どうしよう、質問の内容よりも真田くんの真剣な視線がかっこよくて考えがまとまらない。それに、痕が残ったら大変って……心配してくれてるってことだよね? 男子には鬼って呼ばれてばっかりのこの私を。  慣れない扱いにどう対応していいのか分からない。 「あの……えっと」 「まぁ怪我をするとしたら……ここくらいか」  ――スルッ。 「ひぃっ!?」  何かが、太ももを這った。それが真田くんの手だと分かって、背筋に悪寒が走る。 「どう痛くない?」  何を平然と聞いてきてるの!? 「ひっ! へんっ、たいっ!」  今度は手を掴まれていなかったから、右手を振り上げてビンタす……するはずだったんだけど、またしても止められてしまった。真田くんの運動神経をそこそこって評したのは一体誰? どう考えても良いほうでしょ! いえ、良い方であれ! 「ふざけてないで、真面目に答えてくれる? どう痛くない?」 「い、痛くないです」  でも恥ずかしいです。 「そう」  目元をゆるめて微笑んだ彼。その顔に思わずドキッとしてしまった。  女子会で真田くんが話題に上る事はあまりない。そんなに目立つ生徒でもないから。でも、こうして見てみるとなんだかすごく顔が綺麗……。 「良かった。怪我がないならそれでいいんだ。制服の方も中和したし……良かった」  一つ息を吐いた真田くんはドアの方へと身を反転させる。 「さっきぶつかったところにビーカーおいてきちゃったから取ってくるね。それまでに制服着ておいて」  そう言い残して出ていった。 「真田くん……か」  トクントクンと胸が心地よく鳴っている。  ――私はだいぶ変わっている真田くんに、恋に落ちた。
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