押しかけ日直

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押しかけ日直

「お前、ドエムだったのか。引くわ」  私の話を聞き終えた咲弥は、軽蔑しきった目でそう言ってきた。話せというから話してやったのに、ムカつく! 「違うし! いったいどう聞いたらそうなるわけ?」 「いやいやいやいや、だってそうだろ。無理やり服脱がされて惚れるとか、どんだけ男に都合の良い展開だよ」 「そこじゃないし! むしろそれはどっちかっていうとマイナスで……。でも、それ以上に良いところがあったんだよ」  おかしいな。ありのままの出来事を伝えたはずなのに、どうして私がドエムだなんて事になるんだ? 「心配してくれたところが嬉しかったの。それに、迅速に対処してくれたしさー。あんたや他の同級生にはない、余裕みたいのがあって……えへへへへへ」 「キモッ!」 「そういう悪口言わなさそうなところも、魅力なのー」  べー、と舌を出してやると、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまった。 「つーか、自分がぶつかって怪我をさせたりしたら誰でも心配くらいすんだろ。それに確かあいつ科学部の部長だったしな……その活動が原因で他の生徒に怪我をさせたなんて事になったら、部活に支障が出て大変だから対処したんじゃねーの?」 「だとしても、あんな風に冷静に対応できるなんてやっぱり凄いし。それに……お、おおおお姫様抱っこもしてくれて……」 「お姫様抱っこねぇ……んなもん、俺にも出来るし」 「そりゃあんたには出来るでしょ。その体格なんだから」  私は半ばあきれてそう言った。  咲弥は身長180オーバーで、サッカー部のエース。筋肉質なのは服を着てても分かる。それで、お姫様抱っこくらい出来ないはずない。 「真田くんはあんたよりも10センチくらい背低いし、華奢じゃない。まさかあんなに軽々と持ち上げられるとは思わなかったわ」  思い出してもドキドキする。あの見た目で軽々私を持ち上げたなんて……あぁ素敵。 「お姫様抱っこくらいで浮かれてんじゃねーよ。これだから普段男に相手にされない奴は……」 「ひっどい! なんなの、その言い方!」  心底馬鹿にしているような言い方だった。  せっかく真田くんのお姫様抱っこ思い出して良い気分だったのに、台無し! 「んな小さなプラス面よりも、もっと重大なマイナス面見ろよ。どんな理由であれ、抵抗してくる女の服を力ずくで脱がすのが普通か? もっと冷静になって相手の本質を見ろよ」 「……ムカつくっ!」  手近にあったマクラを顔面に投げつけてやった。 「いってー!」  なによ、なによ! 分かったようなこと言って!  服脱がすくらい別に大した事じゃ……なくはない、けど! それでも真田くんは悪い人じゃないはず……。 「おいマジふざけんなよ! 人が親切にアドバイスしてやってんだから、ちゃんと聞けよ!」  多分鼻に直撃したんだろう。咲弥は無駄に高い鼻を押さえてそう言った。 「別に頼んでないわよ!」  売り言葉に買い言葉ってやつだ。本当はこの話を始めた時点で、咲弥に助言と後押しを期待してたんだと思う。なのに思ったような言葉は貰えなくて……それどころか、反対するような事ばっかり言ってくるもんだから、つい強い言い方をしちゃった。  私がしまったと思ったのは、咲弥が悲しげな顔を垣間見せた時。けどその表情は私が声を上げるよりも早く消えてしまった。代わりに表れたのは、お節介で温厚な咲弥があまり見せる事のないキツイ目つきだった。 「分かったよ! 後で泣きついてきても知らないからな!」 「誰が泣きつくか!」  私の方を一切見ずにさっさと立ち上がり、部屋を出て行く咲弥。その際、バタンという大きな音を立てて扉を閉めやがった。  あの野郎……!  見てらっしゃい、真田くんと仲良くなって良い人だって証明してやるんだから!  私は部屋で、ひとりそう誓った。  ターゲット・真田聖、ロックオン。行動を開始します! 「あれ? 真田くん、重そうだね。手伝おうか?」  真田くんと何か接点を持てないか。そんな下心を持って観察し始めた私に、三日目にしてチャンスが巡って来た。  通常二人で行う日直の仕事。今日は真田くんの当番だったんだけど、もう一人の子は体調不良でお休みしていた。そんなに大した仕事があるわけじゃないのが通例なので、休んだ人の分別の人が入るということもない。……とまぁ、ここまでなら私にとっても大したチャンスにはならないんだけど、重要なのは、珍しくノート集めがあったってこと。 「え……?」  真田くんは厚さ約50センチのノートの束を抱え、驚いた顔で私を振り返った。  そうだよね。新学年になって三ヶ月もの間全然話した事のないクラスメイトから、いきなりそんなこと言われたらそうなるよね。  不自然にならないよう、予め用意しておいた理由を真田くんに説明する。好印象を与えられるよう、もちろん笑顔は忘れない。 「ほら、この前ぶつかった時に、すごく心配してくれたでしょ。だから、そのお礼に手伝いたいんだけど……ダメかな?」 「……あぁ!」  閃いた! という様に顔を輝かせた真田くんに、恋心がクラリと目眩を起こした。うーん。だいぶ重症だわ、私。  そんな恋の病真っ盛りの私だったもんだから、次に言われた真田くんの言葉への反応が遅れてしまった。 「あの時の人、茂木さんだったんだ」 「……へ?」 「あ、ごめん。あの時無我夢中で手当てしてたから、よく顔を覚えてなかったんだ」 「あ……そ、そうだったんだ」  あはは、と意味不明な笑いを残しつつ、なんとか笑顔を保った。けど、やっぱり地味にショックかも……。 「別にお礼なんていいのに。ぶつかったのはこっちだし……どっちかって言うと僕がもっときちんと謝る必要があるんじゃ……」 「い、いいの、いいの!」  危うく謝らせちゃうとこだった。それじゃあ気分悪くさせるために話しかけたみたいになっちゃう!  私は真田くんが抱えているノートの山から半分を抜き取り、胸に抱えた。 「本当に、いいの?」 「うん。持たせて」 「……ありがと」  真田くんが浮かべた微かな笑みにも私の恋心は大いに反応していた。  短い会話だけど、顔を向かい合わせて話しているだけで幸せな気分に浸れる。  これはなかなか良い雰囲気なのでは?  職員室の先生のところにノートを持っていくため、真田くんと連れ立って教室のドアをくぐった。 「あ……」 「あ……」  廊下には、ちょうど教室に入るところだった咲弥がいた。なんでこんなタイミングで……!?  悪いことなんてしてないはずなのに、真田くんと一緒にいるのがなんとなく後ろめたい。  気まずい雰囲気が私と咲弥の間に立ち込める。 「お前、今日日直だったっけ?」 「う、ううん。手伝ってるの」  誰の手伝いかは言わなくても分かるよね。 「そうか、頑張れよ」 「あー、うん」  あれ? もっとなんか言われるかと思ったのに……。  意外なほどあっさりと会話を切り上げた咲弥は、私たちの横を通って教室に入っていった。その時チラッとだけ真田くんを見ていたみたいにだったけど、私の角度からだと咲弥がどんな顔をしていたかまでは分からなかった。  職員室にノートを置いた私たち。もう教室に戻らないといけない。昼休みはまだあるけど、用事もないのに一緒にいられるほど私はまだ真田くんと仲良くなれてない。  もっと話したいな~、という欲は胸に秘め、真田くんと一緒に廊下を歩く。 「さっき、さ」 「え、あ! うん! なになになに?」  食いつきすぎだよ、私! 絶対不自然!  しかも思わず真田くんの腕掴んじゃいそうになったし。それはなんとか自重したけどさ。  引かれてない……?  真田くんの様子を観察するけど、うん、引いてる顔はしてない。いつも通りであんまり表情ないから分かりにくいけど。 「伊坂にすごく睨まれたんだ」 「伊坂?」  って、誰だっけ?  私の感情を読み取ったのだろう。真田くんは続けてこう言った。 「伊坂咲弥」 「あ、そういえばあいつ伊坂って苗字だったわ」  いつも咲弥咲弥言ってるから、苗字の存在をすっかり忘れてた。 「仲良いよね、茂木さん」 「んー、まぁ仕方なくって感じだけど」  苦笑しながら、私は言う。  仲が良いなんて傍から言われると、少し照れくさい。それでも完全に否定できない自分がいて、その事実が一層恥ずかしい。 「付き合ってるの?」 「ま、ままままままさか! ない! それはない!」  思いもよらない一言に、全力で否定した。振った首は、勢いが付きすぎて飛んで行きそうだった。 「じゃあ……付き合ってたの?」 「ない! それもない! 私と咲弥が付き合うなんて、ありえないし!」  あいつはただの幼馴染、あいつはただの幼馴染。  頭の中でそう言い聞かせる。そうしてないと、「でももし付き合ったら」なーんて考えて沸騰してしまいそうだったからだ。 「でも……じゃあ僕はどうして睨まれたんだろう?」  ポツリと言った真田くんの顔を、私は見れなかった。  ごめん、真田くん! それ多分私が真田くんの行動を話しちゃったからだ。  私は当事者だったから真田くんの意図が分かって、最終的には「真田くんって優しいんだな~」って思ったけど、話だけを聞いた咲弥はそうじゃない。元々 変人なんて言われてるせいもあって、咲弥からしてみれば印象悪いんだろうな。  でもなんて説明しよう?  そう考えている時、不意に真田くんが「あっ」と声を上げた。そして次に真田くんが言った言葉に、心臓が止まるかと思った。 「もしかして、茂木さん――僕のこと好き?」
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