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知らない番号から電話がかかってきた。この時、第六感とでもいうべきか、普段なら知らない番号なんて無視するけど、この電話は出ることにした。そして、予感は当たっていたと言って差し支えないだろう。
しばらくして、通話は切れた。でも、私には関係なかった。
「ははっ、ばかみたい……。」
外で雨が降っている。そのザァーッという音が、やたら耳に残った。
* * *
「――沢さん、藤沢さん。」
「っはい!」
「大丈夫かな、藤沢さん。ちょっとこれお願いしたいんだけど……。」
大丈夫です、と答えながら席を立つ。仕事中なんだから、と自分を叱咤しながら主任の元へ駆け寄る。
私、藤沢汐はそれなりの商社の事務員だ。総務課に所属していて、ベテランというよりお局様と言っても過言ではない。なんせ、事務員で入社した子は結婚までの腰かけという子も多くて、28歳まで残っている私は立派なお局様だ。下のから少し煙たがられているのも把握している。……いや、かなり言いたい放題言ってくれているが放って置いているというのが正しい。
頼まれた仕事を片付けていたら、お昼の時間になっていた。電話番が必要なので、11時半から12時半まで休憩を取る人と、12時半から13時半まで休憩を取る人で別れていて、大抵私が後者で休憩をとるために前者で留守番していることが多い。
今日も今日とて、11時半から休憩に行く同僚を見送りながら、あと1時間でキリのいいところまで進めようと気合を入れ直した。
「あれ、磯貝くんも休憩?」
「うん、ちょうど外回りにひと段落したから帰社したんだ。」
よかったらどーぞ、と渡されたのは可愛くラッピングされたアイスボックスクッキーだった。これはいつもの磯貝くんが作ったクッキーだろうと、ありがとうと礼を伝えるとランチバックに大切にしまった。
「そういえば、この間もらったマフィン美味しかったー。流石、女子力が高い磯貝くん。」
「褒めても何も出てこないよ。」
くすくすと笑う、磯貝くんにこちらも思わず笑みが零れる。
磯貝くんは同期で、時々お昼を共にする仲だ。たまたま、クッキーを食べている磯貝くんに一つ欲しいと頼んでから、彼はたまにクッキーやマフィンなど作った時に持って来ては私にくれる。いや、私にだけではないのは知っているのだけれど。
最初、一つもらおうと頼んだ時に戸惑うようなしぐさをしてから、おずおずと私に差し出した。美味しい、と伝えるとほっとした表情をしてから実は手作りであると伝えられて大層驚いた記憶がある。
磯貝くんは、営業部のエースと目されている優秀な人物だ。その人が私と関わってあまつさえお菓子を強請る状態というのは、なんだか不思議な気がする。でも磯貝くんが楽しそうだからいいか、と深く考えるのを辞めたのはいつからだったか。
「……ねぇ、藤沢さん。何かあった?」
「え、なんで?」
「いつもよりも声のトーンが上がってないよ。」
それとも僕のクッキーは嬉しさが薄れたかな、と苦笑いされたので慌てて否定する。といっても、だからといって元気がない理由を素直に話せるかといえば否なので、どうしたものかと頬をかく。磯貝くんが腕時計を見遣ったので、私も自身の腕時計を見ると、そろそろ13時15分を指すだろう頃だった。そろそろ部署に戻らなければならない。
「今夜、19時に銀ちゃんのところ集合ね。」
「え、いや業務的には問題ないけど……。」
「ならいいじゃない、遅れるかもしれないけど必ず行くから待っててね。」
約束、とにっこり微笑んで磯貝くんは去って行った。流石は営業、断る理由を作らせずに約束して立ち去るとは鮮やかな手腕だ。まあ、気心知れた磯貝くんならいっかと頭を振って私も席を立った。
「あらぁ、汐ちゃん久しぶりぃ!」
「銀ちゃん久しぶりー。生ちょーだい。」
「んもぅ、もうちょっと可愛いのを飲んだら?」
終業後、磯貝くんとの約束の場所である『Bar Silver』に向かった。着いたのが18時半頃で、少し早いが営業で時間の読めない磯貝くんを待ってても仕方ない。それにいつも私が先に飲んでいて、磯貝くんもそうしてくれといってるから私に非は無い。たぶん。
カウンター席の他の客がいないことをいいことにBarのママである銀ちゃんに、色々なことを愚痴っているとカランコロンとドアが鳴る。顔を向ければ、待ち人である磯貝くんがこっちに向かって歩いて来ていた。
「おっさきー。お疲れ、磯貝くん。」
「藤沢さんもお疲れ様。銀ちゃん、いつもの。」
「はいはい、まったく忙しないわねぇ。」
どうやらここに定期的に顔を出しているらしい磯貝くんは、特に何も言わず銀ちゃんにオーダーしていた。銀ちゃんも呆れたように笑いながら、シェイカーを手にしていた。
それから、磯貝くんと取りとめもないことを話していると、銀ちゃんが綺麗な透き通るオレンジ色のカクテルを磯貝くんに差し出した。磯貝くんはいつもこのカクテルを飲んでいる。
「で、藤沢さんは今回はどうして別れたの?」
「なんで別れたと思うの?」
「見てればわかるよ。」
「そんなに分かりやすい?」
そんなことはないけど、と磯貝くんは苦笑いしていた。では何故わかっただろう、と不思議に思いながら話すべきか否か逡巡した。とはいえ、結論は一つだ。
「ごめん、聞いて貰っていい?」
「いいよ、そのつもりで来たんだし。」
いつものように、磯貝くんに話す。コトンと、磯貝くんの綺麗な手からグラスがテーブルに置く音がした。
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