処女を売る

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処女を売る

「もっと、もっと突いて。」 黒坂穂乃美は枕に顔を埋めながら、自ら腰を寄せた。 (そっちから動いたらバランス悪いだろ。) 顔が見えていない体位のため、寺内は舌打ちをしそうになった。しかしここは素直に受け取ろう。そう思いなおして黒坂の尻をぎゅっと掴んだ。そちらから動くならば、こちらはもっと激しく突いてやろう。 セックスは主導権を奪取するゲームだ。幼い頃に小遣いを貯めて購入したゲームにも似たような内容のゲームモードがあった。誰がこのフィールドで主導権を握るのか。セックスも同じようなものだ。こちらが上に立てば後は思い通り。だからこそ少しでも弱い一面を見せてはならないのだ。 「やばい、私いっちゃう。ダメッ。」 今夜だけで何度目の絶頂なのだろうか。握りしめた黒坂の尻が徐々に痙攣を始め、エクスタシーを予感させる。寺内も限界だった。 「俺も。出すぞ。」 射精を予告させる言い方も肝心だった。いくや出そうなどという言葉ではなく、あくまで出してやるという表現が大切だ。 寺内は爪を立てるように黒坂の尻を鷲掴みにして、乱暴に射精した。 「あっ、来てる。いっちゃう。」 どうやら黒坂の絶頂はまだだったようだ。寺内の精液が腟内に流れ込んでいる脈動に近い感覚にエクスタシーを感じるのだろう。全てを吐き切ったペニスにびくんと痙攣が伝わる。内壁が畝って、黒坂は掴んでいた枕を手放して脱力した。 ペニスをゆっくりと抜く。膣口から溢れ出した精液を指で押し戻すと、黒坂はその都度大袈裟に反応した。 「すごいね寺内くん、こんなに激しいなんて知らなかった。」 喉が渇いているのか少し裏返りながら黒坂は言った。中学の同級生といえど大人になれば体は成熟する。精通もしているし、スタミナだって付く。大人になるとはセックスを楽しむ通過点だと寺内は思った。老いて体力が無くなるまでの長距離走、消える前に強く燃える蝋燭の火、もしかしたら今この瞬間が折り返し地点なのかもしれない。そう思うと一夜も無駄には出来ないのだ。同級生、元カノ、風俗、ナンパ、巡り合わせ、性を楽しむのには時間が足りない。妙な焦燥感に駆られながら、寺内柊太は先端に残った精液を拭き取るためにベッドから降りた。 週末ということもあってか、寺内がよく通う鹿の子はサラリーマンでごった返していた。皆疲労をアルコールで流そうと必死なって酒に溺れている。寺内にとってはそんなサラリーマンを眺めるのも、この大衆居酒屋の醍醐味だと感じていた。 「それでさ、お前本当に黒坂とやったのかよ。」 少し大きめの円卓にはいかにもおつまみといった品々が並び、その向こうから黄色い歯を覗かせた高梨が言った。中学の時は顔立ちも良くモテていたが、彼自身が奥手であるために彼女は出来なかった。今は生え際も徐々に後退しており、誤魔化すかのように顎に髭を蓄えている。寺内はソフトパッケージのマルボロを手に取って1本抜き、ジッポーライターで火をつけた。酒と揚げ物料理の香りが充満する空間にタバコの煙が加わる。後ろに流した茶髪を撫でながら、寺内は煙を吐いて言う。 「まぁね。そこそこだったけど。68点って感じかな。」 黒坂への点数は今取って付けたようなもので、実際は80点程だろう。彼女に足りないのは謙虚さだ。 「でもあいつにムラムラ出来るかね、俺は無理だな。」 高梨の隣で鳥のなんこつ揚げを啄く向田が言った。昔から地味な見た目だが、最近はお洒落を覚えたようで、私服に遊び心が見られる。それでも髪は無造作なまま平坦だった。そういう所だよ、と心の中で呟きながら寺内は身を乗り出した。 「全く、素人童貞は何も分かってないな。確かに黒坂は中学の時口うるさい奴だったよ、化粧も知らないし髪型も普通でメガネ、常に男子に向かってふざけてるような、所謂恋愛対象外の女子だった。でも大人になったら誰もが自然とそれ相応の魅力を付けるものなんだよ。いいか、人間はそいつに合った些細な進化を繰り返すんだ。何せ、あいつ結構締まり良いんだぜ。」 寺内はそう語りながら黒坂のビフォーアフターを頭の中に浮かべていた。よくあるボブヘアーに少し小さい目、それがメガネで少し大きく見えることでよりバランスが悪かった。鼻はお団子に近く、やたらと口が大きい。お世辞にも可愛いとは言えなかったが、先日再会した時にはがらりと変貌していた。メガネからコンタクトレンズに変えたことで、意外にもバランスのいい顔立ちだったのだと知る。化粧は偉大だ。化粧よりもすっぴんが好きだなんて言う奴もいるが、そこは素直になった方がいいと寺内は感じている。生野菜よりもオリーブオイルで焼いて塩コショウをまぶすサラダの方が美味いに決まっているのだ。テーブルの真ん中を陣取るボウルに入った豚肉のにんにくサラダを一口つまみ、寺内は続ける。 「胸だってDはあったな、揉み心地も良かったし、なんと言っても尻だよ。一見だらしないように見えてしっかりとした弾力があるんだな。足も良い肉付きだし、お前ら食わず嫌いはやめておけよ?」 元気だけが取り柄で、恋愛は全くの無関係といったような黒坂は大人になってかなりの魅力と美貌を持っていた。まだ誰も知らない原石を見つけたようで、寺内は誇らしげだった。派手な音を立ててなんこつ揚げを咀嚼する向田は口に残ったものをビールで流し込んだ。 「そういうもんかなぁ。あいつがやってる所とか想像つかないわ。」 同調するかのように高梨はビールを空けた。 「すみません、生一つ。でもそれにしたって寺内さ、お前どれだけの女とやってきたのよ。」 気付けば長くなった灰を、灰皿に叩き落とした。寺内にとって女性はこの灰と同じなのかもしれない。散々吸って吐いてを繰り返して燃えなくなったらあっさりと捨てる。もちろん今までやってきた女から何度か告白されたものの、寺内は全て断ってきた。ペニスの挿入口を生涯限定するなんてどうかしている。人は同じ飯と飲み物で一生を終えることが出来るか、いや出来ない。誰もが日々違う飯を食べて違う飲み物で喉を潤す。それは食欲を満たすためだ。なら性欲も同じではないか。 「そうだな、総数は覚えてないけど、今月だけで20人は固いな。高校の時の元カノ、今回みたいな中学の同級生、元バイト先の同僚、相席居酒屋も行ったな。何なら紹介してやろうか。」 その誘いに2人の目が輝いた。男が女に弱いように、女も男に弱いと寺内は思っている。 届いたビールに口をつけ、高梨は木製の椅子に背を預けて言った。 「でもなぁ、俺今小島可奈子とやりたいわ。ほら、覚えてる?小学校中学校と同じだった。」 「ああ、いたね。可愛かったなぁ。」 寺内もそれは同意見だった。確か彼女は地元の成人式には出ておらず、思い出せる顔は中学の卒業式の時だ。しかしそれでも記憶に残る彼女は非常に美人だった。 ぷっくりとした涙袋にすらっとした目、少し高い鼻筋はハーフを思わせる。にこっと笑った時に見える前歯の白さは光を全て跳ね返すような輝きがあったはずだ。少し鼻にかかった声、男女問わず誰にでも積極的に話しかけに行くタイプである。 「たださ、小島って今妙な噂があるんだよ。」 高梨はジョッキを半分まで空け、身を乗り出した。木製のテーブルが少しだけしなる。吸い殻を押し付け、寺内も耳を寄せた。 「あいつ、まだ処女なんだって。」 あまりにも騒がしいこの状況が一瞬停止したような間があった。それほど耳を疑う言葉に、向田と寺内は視線を合わせてからけたけたと笑い声をあげた。最初に否定したのは向田である。 「それはないわ。だってあれだけの美人だぜ?それに中学の時とか同じクラスのバスケ部のやつと付き合ってるって噂だったじゃん。」 水滴のついたグラスを傾け、タバコで乾いた喉にウーロンハイを流し込む。向田の勢いに乗っかるように寺内も笑みを含んだ声で言った。 「もし噂が嘘だったとしても、そういう噂が立つ時点であいつは男を知ってるだろ。もう俺たち25だぜ?」 いくら清楚な美人といえど、25年も生きていれば異性との繋がりがあるものだ。もちろん男性との付き合いが苦手という女性なら話は分かるが、小島は違う。それは確信できた。しかし高梨は首を横に振るばかりだった。 「それがさ、福田から聞いたんだよ。あいつの元カノ?の友達が小島と高校の同級生で、飲みの席で言ってたんだって。しかも、自分の処女を高値で売ってるらしいんだ。」 ここまでくると呆れてしまった。何も言わず手だけを横に振り、次のタバコに火をつける。福田は小学校の同級生で、中学高校の時は所謂不良だった。女性関係の多い彼が手に入れた噂なら信憑性は少しあるかもしれないが、それでも寺内は信じていなかった。関心がなくなったのかもしれないと思ったのか、高梨はその話が本当であると何度も口にしている。寺内は諭すように言った。 「いいか。もし小島が処女だったとする。でもこの歳で、あの美貌で、もし本当に処女なんだとしたら、小島の性格に何らかの問題があるってことなんじゃないの。めちゃくちゃ束縛するとか、性格悪いとかさ。セックスに行き着けない何かがあるんだよ。つまり訳あり物件ってこと、夢見んなよ高梨。」 「そういうものか…。」 少し残念そうに高梨は下がった。よほど彼女の処女を信じたいのだろうか。 「訳ありの摩天楼って感じ?」 「言い得て妙だな。」 残念がる高梨も含めて笑い声が巻き起こった。普段であればここで終わってしまう話題だろう。しかし寺内の運命は向田の一言で変わることになった。 「寺内さ。小島とやったら?」 彼女が処女かもしれないと聞いた時よりも少し長い間が生まれる。灰の長いタバコのフィルターを噛み煙を肺に入れ、鼻から抜いて言った。 「お前さ、今これだけ性格に問題あるとか言っておいて、できるか?難攻不落だろ。」 正直今の会話で小島可奈子に会う気はさらさら無かった。やれないと思った女性には不用意に近づかない、それが寺内のルールだった。もししつこく迫って嫌われた場合、そこから自分に対するマイナスなイメージが波及していってしまうからだ。可能性がないなら挑まない、寺内は自分でも驚くほど、意外にも現実的なのだ。遠くの席から野太くも揃った声で乾杯と聞こえる。高梨は周りの声に負けじと声を大きくして言った。 「だからこそだよ。高値の処女をお前が口説いて値切って、一発やるんだ。難攻不落を落とせたらかっこいいだろ。」 確かに、と寺内は思った。妙な噂があるという女を落とせたら自分の遍歴に箔がつくことだろう。この界隈でヒーローのような扱いを受けるかもしれない。少しだけ口元が緩み、寺内は木製の椅子に背を預け、龍のように煙を吐いた。 「いいよ。小島とやるわ。」 寺内の宣言に、高梨と向田は何かに当選したかのように両手を上げた。まだ会ってもいないのに、と思いながら寺内は残ったウーロンハイを飲み干した。自分の前でやれるかどうかに金を賭け始める2人を見て、寺内は考えていた。 どれだけ事情があれど、ワンナイトなら可能かもしれない。要は交際を経なければいい話だ。一段階飛ばしてしまえばゴールイン、意外と簡単なんじゃないか、そう思いながら寺内は吸い殻を灰皿に押し付けた。 薄いピンク色の照明が照る中、床の軋む音と甲高く小さな声が小刻みに響く。場所がアパートであるために声を抑えてはいるのだが、どうやらこの状況では意味がないだろう。寺内は真っ赤な羽毛布団の中で相手のウィークポイントを探っていた。 「ダメ…声出ちゃうから。」 田中明日香は同じ小学校で、1年生の時には隣の席だった。中学に上がるとかなりやんちゃな雰囲気になり、彼氏を作っては別れてを繰り返していた。少し前の言葉で言うとギャルというやつだろう。大きな胸の下まで伸びた毛はグラデーションを描くように先端が金色で、スタイルはいいものの丸顔だった。前歯が少し整っていないような印象だが、笑う時には前歯を全面に見せるため、気にしていないのかと感じている。少しだけ控えめな口に平坦な鼻、パッチリとした目が特徴的だった。 なかなかに派手な見た目をしているが、意外にも感じやすいタイプである。サロンで焼いたという肌の上にぴったりと吸い付くように体を預け、黒ずむ乳頭を舌で転がす。左手は彼女の後頭部に、そして空いた右手は彼女の陰核を責めていた。どうやら彼女はこの三点責めが弱いらしいと、体を重ねて数分で知った。 「ねぇ、寺内、いく。」 段々と息の切れた喘ぎ声が多くなる。もう終わりにして良いだろう。ペニスを少し奥へ入れ込んで射精への準備に入る。隣人への配慮を気にしてか随分と声を抑えているが、徐々に声量が大きくなる。 「俺も、出すぞ。」 どうやら寺内よりも先に絶頂を迎えたようだ。膣内がびくんと畝り、ペニスにも刺激が伝わった。絶頂の余韻で寺内は射精した。 「あのさ、小島可奈子って覚えてる?」 狭いキッチンで換気扇を回し、寺内は煙を吐きながら言った。布団の上で田中は服を着ずに寝転んでいる。 「あー加奈子ちゃんね。覚えてるよ。」 「連絡先知ってたりする?」 うーんと言って田中は携帯を手に取った。おそらく膨大な連絡先が入っているのだろう、画面をスクロールしながらぼそっと呟いた。 「何、今度は加奈子ちゃんとやるの?」 バレてしまったなら仕方がない。寺内は一言頷いて言った。灰皿の底にアメリカの国旗がプリントされており、徐々に寺内の生み出す灰で隠されていく。田中はこちらを振り返った。もう恥ずかしげはないのか、秘部が丸見えになっている。 「やめておいたら。噂だけど加奈子ちゃん、普通じゃないんだって。」 ここでも噂だ。寺内は小島可奈子という女性がもうこの世には存在していないのではないかと感じていた。もしかしたらもう小島可奈子という人間はいなくて、皆何かを埋めるように噂を立てているのではないか。それほど小島可奈子という人間があやふやな存在であると知った。 「連絡先送っておいたよ。」 一言礼を言い、寺内は小島可奈子のメールアドレスを眺めた。いいだろう、彼女が存在するのかどうか、そして噂は本当なのか、ベールに包まれた同級生を暴いてやろう。アメリカの国旗に吸い殻を押し付け、寺内は鼻から煙を抜いて決意した。 土曜日の昼は人集りで溢れかえっていた。一体これほどの人がどこから集まってきているのだろうか。せいぜい1日にすれ違う人数はたかが知れている。何故人は一度に大きな場所へ集まっていつの間にか去っていくのだろう。 池袋駅東口は大勢の学生や家族連れで溢れている。最早知り合いがいたとしても気付かないことだろう。もしかしたら周囲に自分と肉体関係を結んだ女性が歩いているかもしれない。 「お待たせ、電車遅延しちゃって。」 何百人と様々な声が飛び交う中で、何故自分への言葉だと思ったのかは分からないが、後方からの声に寺内はすぐに振り返った。 小島可奈子は中学の卒業式以来、美貌を保ったまま大人になっていた。涙袋に押し負けていたような目はメイクでぱっちりとしており、すらっとした高い鼻筋は相変わらず綺麗な線を描いていた。真っ赤な唇は光を含んでいる。さらに大人びていると感じたのは髪型だった。鎖骨まで伸びた髪はウェーブしており、1本1本に艶を感じる。 薄い黒のニットに白の濃いレース素材のカーディガン、黒ベースの花柄のスカートは彼女の白い踝まで伸びていた。焦げ茶色の小さなカバンを肩から提げ、白いハイヒールがコツンコツンと音を立てて寺内のそばに近付いてくる。一目見て寺内は確信した。こいつは男を知っている。小島可奈子は処女ではない、そう感じた。 「大丈夫。行こうぜ。」 そう言って2人は青信号を確認し、開けた歩道に繰り出した。 右隣から少しだけ甘い香りが鼻につく。少し鼻にかかった声も変わらなかった。 「どうしたの今日は。いきなり会おうなんて。」 ここは取り繕った返事でいいだろう。 「なんか、急に会いたいなと思ってさ。」 えー嘘だぁ、そう笑いながら小島は細い指で口元を抑えた。反応は悪くない。寺内の記憶が確かならば、彼女は少し天然気質があった。だからこそ素直に、取り繕った答えでいいのだ。 2人は談笑しながら人混みを掻き分けながら目的のカフェへ向かった。大きな交差点を一望できる2階に席を取り、アイスコーヒーとカフェラテを2人で挟んだ。 「寺内くんってさ、普段何してるの?」 風貌がその疑問を生んだのだろうか。茶髪をジェルで後ろに流し、耳たぶには小さな銀色のピアスが刺さっている。顎には髭を整えていた。 「ビューティアっていう会社でアパレルデザイナーやってる。海外のブランドなんだけど、数年前に日本に来てさ。フリーでやってた時にスカウトされたんだ。」 フランスで生まれた、大人の女性を演出するがテーマのブランドだ。ちまちまとフリーデザイナーとして衣服のデザインを手掛けていたが、ビューティアにスカウトされたのだ。やはり女性ならその名前を聞いたことがあるのだろう、小島は両手で口元を抑えて目を見開いていた。 「すごいじゃん、私ビューティアの服何着か持ってるよ。」 今まで肉体関係を結んできた女性のほとんどが言う台詞だった。だからこそ今の仕事が今の趣味に繋がってくるのかもしれない。 「小島は何やってるの?」 スプーンでゆっくりとカフェラテをかき混ぜる。重なる金属音が店内BGMのクラシックに溶けていった。 「私は普通にOL。寺内くんと比べたら平凡だね。」 そう言ってカフェラテを一口啜り、唇を濡らした。白いカップの淵が一部赤くなる。この世界、何が変で何が普通かなんて誰にも分からないだろう。様々な女性と肉体関係を結ぶ寺内が普通かもしれないのだ。アイスコーヒーを啜り、漆色の椅子に背を預ける。元同級生同士の会話が急展開を見せたのは、二口目のカフェラテを口にした時だった。 「寺内くんさ、私の噂聞いたでしょ。」 細い拳が小島の頬を柔らかく押し付け、少し首を傾げた小島が言った。まさか彼女から切り出すことになるとは。少し意表を突かれたが、寺内は一息ついて口元を緩ませた。 「そりゃそうか、分かるよな。」 どうやら場に張り詰めていた妙な線が彼女の一言で切れたようだった。少し口端を吊り上げていた小島は肘をついていた腕を解いて両手を口に持って行った。どうやら笑っているのだろう、涙袋で押し上げられた目が寺内を刺している。 「まぁね。いきなり会おうって言うんだもん。」 こいつは仕方のないことだ。小島はスプーンでカフェラテをゆっくりとかき混ぜながら、視線を交差点に移して言った。信号は赤、大勢の人間が一度に動きを停止している。 「私が処女を売ってるって話だよね。これが本当なんだよね。」 思っていたよりも反応はフランクだった。本当に処女であることに少し驚いてしまい、寺内は言葉に迷った。それを分かっていたのか、小島は何故か誇らしそうに言う。 「私としてはしたいんだよね。周りはもちろんとっくのとうにエッチしてるし、何なら結婚とかしてるでしょ?ほら、4年3組だった紗弥加ちゃん、あの子も結婚したし。」 大学のサークルで出会った男と結婚したと、メールで報告を受けていた。確か原紗弥加は後背位が好きだったなと思い出す。小島の視線が交差点から寺内の腹部に移った。数秒見て、寺内の目にいく。 「寺内くん、私とする?」 このキラーフレーズを女性に言わせるのは寺内のポリシーに反していたが、今回ばかりは仕方がない。セックスまでの主導権は男女誰が握ろうと構わないのだ。ベッドの上で立場を上にしてしまえばいい。 「しようか。いくら払えばいいんだ?」 寺内に援交の経験はない。自分でも意外だと思っているが、セックスまでの繋がりが薄いと燃えないのだ。ナンパをしても必ず1日を空ける、空腹は最高のスパイスという言葉に似ているのかもしれない。小島は残ったカフェラテを全て飲み干して言った。 「それはまた後でね。ちょっとお手洗い行ってくる。」 寺内は少しだけ顎の先を胸に沈め、考えていた。まるでしつこく鍛えられたかのように小島の動作は綺麗なのだ。どこにも隙がない。どうやらセックスまでの主導権は彼女が握ることになるだろう。正直それはそれでよかった。さて、ここからどう動くのか。自分でもこの状況を自然と楽しんでいることを分かっている。青信号になってダムから流れるように動きだす人の波を眺めながら、処女を売る同級生を待った。 電車を乗り継いで2人が訪れたのはしながわ水族館だった。東京都は品川区、しながわ区民公園に位置するこの水族館は立地の割に人気がない。正直穴場と呼ばれる場所だ。とはいえ何故小島がカフェを出た後の行き先を水族館にしたのかは、寺内にも理解できなかった。 「ほら、すごい数いるよ。」 小島の指差す先で鰯が群れを成して水中を駆け巡っていた。目的地もなくただぐるぐると彷徨い続ける彼らにとって、これは自由なのだろうか。決してこういう、動物を見世物にする商売が嫌いというわけではないが、寺内は少しだけ疑問を抱いていた。 数多くの水槽に一つ一つ目を輝かせる小島の横顔は末恐ろしいほど美しかった。高い鼻筋が青い光を遮って影を落とし、目には潤いとは違った輝きがある。美形という言葉がよく似合う。このままでは彼女に吸い込まれてしまいそうになる、そんな焦燥感すら覚えていた。 地下一階に向かうと雰囲気はさらに深くなり、深海に来たような錯覚に陥る。それは人の数も相まってだろう。訪れているのは家族連れやカップルではなく、行く宛てのない老人やカメラを趣味にしている大学生、複数の客は見受けられなかった。 全長22m、左右の壁と天井が全てガラス張りになったトンネル水槽は本当に海の中を歩いているようだった。900を越える色とりどりの魚が湾曲したガラスを彩っている。見上げる小島の目も輝いていた。 これも悪くないのかもしれない。寺内はそう考えていた。交際こそしていないがこの状況はデートと言っても過言ではない。周りからはカップルだとみられているだろう。濃密なセックスまではこう言った日常を楽しむことにしよう。 場所はアザラシ館に移った。地上1階の端にある離れた空間は、200トンを超える水量の中をアザラシが縦横無尽に泳いでいる。壁、床、天井がガラス張りで、水中にいる感覚だ。 「すごいよね。数少ないのに圧迫感ある。」 小島の言うとおりだった。1匹が人の身長をはるかに超えており、2人の周りを漂っている。 「ね、寺内くん。」 いきなりぴょんと跳ねて寺内の前に立つ小島は、手を後ろで組んで少ししゃがみ、上目遣いになった。潤んだ目が心の奥底をくすぐるようで、目を逸らしたくなってしまう。小島は言った。 「さっきから気付かない?」 一体何のことだろうか。小島の見た目が変わっているとでも言うのだろうか。何か分からず眉をひそめた寺内を見て、小島は口元を緩ませた。 「分からないかぁ。じゃあ目瞑って?」 無邪気がよく似合う、そんな柔らかい表情だった。一体何が始まるのかも分からず、寺内は言われるがまま目を閉じた。 右手首に冷たい感覚が触れる。小島の指は氷のようだった。ゆっくりと自分の手が移動を始め、指先に布のような手触りがあった。 その時だった。どこからか小さな機械音が鳴った。携帯の振動に近いその音は徐々に大きくなり、それが何か分かった時には寺内の右手に少し濡れた物体が落ちた。 「良いよ、目開けて。」 先ほどよりも媚を含んだ声に、寺内は目を開けた。彼の右手には未だ振動を止めないローターが、彼女の愛液を散らしながら震えていた。もちろん気付いてはいなかった。どうやら布の手触りはスカートを捲った際に触れたのだろう。まず最初に浮かんだ疑問をすぐにぶつける。 「これ、いつから?」 寺内の声はどこか震えていた。それが面白かったのか、小島は小さく笑った。 「カフェ。トイレ行った時に入れたんだ。寺内くんがしようって言った時にはもう濡れちゃっててね。困ったもんだ。」 そう茶化して言う小島は口端から舌先を出してウインクした。彼女が普通ではないという言葉を思い出し、寺内の背に何かが走った。そういうことだったのか、寺内は一息ついて笑った。 彼女がこの美貌で処女なのは、性癖が原因なのだろう。外出先でローターを膣内に仕込む、こんな漫画のような展開を実際にやるのだ。いざ目の当たりにすると一歩引いてしまうという男性ばかりなのだろう。寺内は頭の中を整理するのに必死で何も言えずにいた。おそらく想定内だったのだろう。小島は囁くように笑って一歩前に出た。未だローターは振動したままである。 「びっくりした?じゃあ次は寺内くんの番ね?」 「え?いや、どういう…。」 寺内の言葉は必要ないようだった。先ほど彼の手首を掴んでいた右手が寺内のジーンズのジッパーに触れる。だいぶ慣れたような手付きに、寺内は自分のペニスが硬直していることを知った。1時間前までカフェラテをかき混ぜていた右手がジーンズのファスナーを勢い良く下ろし、熱を持ったペニスが解放される。小島は彼の抵抗が始まる前にペニスを握り締めて摩擦を開始した。 「どう?気持ちいい?」 無邪気な表情は崩さず、小島は彼のペニスを扱きながら、上目遣いのまま言った。2匹のアザラシが2人を鑑賞しているように旋回していく。不思議な感覚だった。水中を思わせる空間の真ん中でペニスをあらわにし、処女を売る同級生に扱かれているのだ。現状と彼女の手付きに、先端は既に透明な液体を漏らしている。小島はそれを亀頭に塗りたくり、潤滑剤のようにして加速を始めた。恥ずかしげもなく、寺内は限界を迎えようとしていた。 「ダメだ、小島。限界だ。」 肌と液体が擦れる音が耳に響く。小島は緩急をつけながらペニスへの刺激を止めない。一体どうしたらいいのか、寺内は別の脳を作り出すように無理やり思考を再開させた。まずこの場で射精はできない。寺内は意外にも野外での性行為を好まない。セックスは醜態を晒す行為である。陰部を晒してみっともなく腰を打ち付けては必死に快楽を得ようとしているのだ、それを見せる相手は同じく陰部を晒している相手でないと自分の価値が下がってしまう、そう考えている。だからこそ今の状況が自分が想定していないものであるため、理解が追いつかないのだ。 これ以上はまずい、どこに射精したら良いのか、一瞬で様々なことを頭の中に巡らせる。しかし体は言うことを聞かない。びくんと脈が大きなアクションを見せ、熱が先端へ集中した。その時だった。 「はい、おしまいね。」 ひんやりとした手にペニスの熱が伝わり、加速が佳境を迎える寸前で小島は手を離した。強い刺激の余韻で思わず寺内はみっともない声を出してしまう。小島はたっぷりと媚を含んだ表情で言った。 「私としたいなら、これからセックスするの禁止ね。オナニーもしちゃダメ。ぱんぱんに精子溜めてよ、約束ね。」 魔性の女、まさにその言葉が当てはまると寺内は感じていた。これからという言葉も引っかかる。俺はこれから小島に翻弄され続けてしまうのか、妙な恐怖を覚えてしまう。しかし彼女の手から離れたペニスは未だ熱を帯びたままだった。濡れた糸が床に落ち、アザラシが悠々と潜っていった。 それから数日、寺内は仕事が手に付かなかった。新規プロジェクトを任されているにも関わらず、一向にアイディアが浮かばない。ただ単純に射精を禁止された辛さではなく、彼女の不敵な笑みが離れてくれないのだ。 寺内は自分でも意外だと思うほど、彼女に従っていた。1日の終わりに来る彼女からのメールは射精をしたかしていないか、たったそれだけだ。それ以上の談笑はない。 これではまるで管理だ。ただ良いだろう、ここを乗り越えれば彼女を手中に収めることができる。今は大人しくしておけば良いのだ。 野望にも似た思いが続き、彼女から2度目のデートの連絡が入った。 真っ赤なフォルクスワーゲンが低く唸り、都心部を駆けていく。助手席に座る小島は深い青のワンピースを着ていた。腰に咲いたリボン、上半身はストライプのように畝っている。白いレース素材のハイヒールには銀色の真珠が添えられていた。 車窓からビル群を眺める小島は、今も膣内にローターを仕込んでいるのだろうか。ただこの疑問をぶつけるのは愚策である。気にしない、それが大切だ。 大きな車線を這い、2人を乗せた車はららぽーと豊洲に滑り込んで行った。地下駐車場で空いているスペースを探しながら、寺内は言った。 「ショッピングモールで買い物とか随分オーソドックスだな。」 シートベルトが小島の谷間に挟まり、膨らんだ胸が強調されている。彼女は車窓から視線を引き剥がして言った。 「日頃のストレス解消にはやっぱり買い物でしょう。何買おうかな。」 座席の下で足をぱたぱたと泳がせるようにはしゃぐ小島は子どものような無邪気さがあった。膣内にローターさえ仕込んでいなければ普通の女の子だろう。 車から降りて館内に入る。真っ先に服屋へ向かった彼女は浮き足立つようだった。やたらと明るい店内に濃い青のワンピースが溶けていく。男性にとって女性の買い物というのは修行に近い。自分が理解できないジャンルに飛び込んでいくのだ。四面楚歌とはあのような状況を言うのだろう。だからこそ必要になってくるのは忍耐だ。 「これかわいい。ちょっと試着してもいいかな?」 飴色のスカートに胸のワンポイントが目立つシャツを持ち、小島は言った。有無を言わせず試着室へと駆けていく。この孤独な時間も戦いだ。仕切られたカーテンに背を向け、寺内は腕を組んだ。女子高校生や主婦が大勢行き交う。寺内は妙な不安を抱いた。人の多さ、その中にある密室。ローターさえ仕込んでいなくとも何か妙なことをしている可能性は十分にある。だとしたらどうすればいいのか。阻止、参加?女性の声が飛び交う中で寺内は決意を固めた。いきなり主導権を奪い取ってしまおう。よからぬことをしているならばこちらが上に立つことができる。ゆっくりとカーテンを覗こうとした時だった。 「ん?どうしたの。」 勢いよくカーテンが開かれる。踝まで伸びる飴色のスカートの裾を持ち、広げて見せている。カジュアルな服装も十分に着こなしていた。 試着室の隅に脱ぎ捨てられた青いワンピースが妙な膨らみを帯びて置いてあった。どうやら彼女は何もしていない様子だ。どこか安心し、寺内は一息ついて言った。 「似合ってんじゃん。」 「あら、お世辞かな?でも嬉しいよ。」 えへへと笑って首を傾げる小島は満足そうにカーテンを閉めた。調子の狂う女、心の中でそう呟き、寺内は肩を落とした。 それから2人は6軒の衣類店を回った。もちろん荷物は寺内が持った。男に持たせるのはなんか嫌だと小島は言っていたが、それでも寺内は自ら手に提げた。複数の荷物を持って自らに負荷をかけないと、この退屈な時間に呑まれてしまいそうだったのだ。 「いやー、満足。わざわざ付き合ってくれてありがとうね。」 カジュアルな服から大人っぽい服まで、様々なブランドの袋を後部座席に並べている寺内に小島は言った。既に助手席に座っている。 運転席に戻り、シートベルトを締める。寺内はポケットにあるタバコを手に取ろうとして、やめた。 「いいよ、吸いなよ。私煙とか平気だしさ。」 なら、と一言いってソフトパッケージのマルボロを取る。1本抜いて火をつけた。 「それで、次はどこ行くの。」 「申し訳ないんですが、お次も買い物が良いのです…。」 申し訳なさそうにふざける小島に、寺内は煙を吐いて冷静に言った。 「大丈夫なの、金あるの。」 「まぁ電車賃浮いた分もっと買おうかなって。」 思わず笑ってしまった。くわえタバコのまま寺内はエンジンをかけ、豊洲から抜け出した。 時刻は夕方過ぎ、◯◯区に入った車は住宅街に入った。彼女の住むマンションの前にゆっくりと車を停める。結果的に彼女は合計11店で買い物を済ませた。女性の購買欲というのは恐ろしいものだ。 「はぁ、すっきりした。やっぱり買い物って楽しい。」 「そいつはよかったよ。」 寺内は途中寄ったコンビニで購入したコーヒーを啜りながら考えていた。ここで家に入り込むのは愚策である。まだ時間をおいた方が良いだろう。コーヒーの苦味を味わっている寺内の隣で、小島が首だけをこちらに向けて言った。 「さて。今日は何があったか、分かるかな?」 この答え合わせは今後も続くのだろうか。ただ寺内はそれも想定内だった。やはり今回彼女が行っていたのは試着室内のことだろう。つまり着替えの最中に何かやっていたのだ。ただ11店となると分母が大きい。しかし小島は寺内の答えを言わせなかった。 「ぶっぶー、時間切れ。答えはこれだよ。」 そう言って彼女は腰に添えたリボンを解いた。ベルトの役割を果たしているのだろう、ワンピースに張っていた線のようなものが消え、緩くなる。そう言ってたくし上げた彼女の下半身には赤い縄があった。秘部を締め上げている縄は足の付け根を這い恥骨を支えているようだった。 「亀甲縛り、これ1人でやったのかよ…。」 SMプレイで見られる緊縛だ。かなり難しいのではないのか。寺内はSMに関する知識があまりない。だからこそ未知の領域がそこにはあった。小島は乳白色の太ももを優しく、ゆっくり撫でながら言う。 「試着した時は全部脱いでたの。だから今日買ったズボンとかさ、もうシミ付いちゃってるよ。」 いきなり彼女の息が荒くなった。ちょうど局部を隠している縄を上からゆっくり、それでいて強く押し込むと、彼女の口から小さな声が漏れた。初めて見る、小島可奈子の弱い一面だ。 「やっぱり結構濡れてる。寺内くん、私がいくところ、しっかり見てて?」 彼女はしっかりと寺内の目を見て言った。寺内自身も目が離せずにいる、だんだんと彼女の目が濡れていった。 「私、クリも中もいけるの。あっ、気持ちいい…。」 ぐりぐりと縄を押し込み、小島は高揚した。眉を下げ、真っ赤な唇が少しだけ開く。そこから漏れる息は彼女が先ほどまで飲んでいたレモンティーの香りだった。助手席がちょうど街灯に照らされ、より隠された秘部が強調される。寺内のペニスはこれでもかと熱を帯びていた。 「鏡の前でしたかったけど、我慢してたんだ、だから…もういっちゃいそう…。」 最早セックスに近かった。2人の視線は途切れることなく、ねっとりと絡んでいる。パンツの前が濡れていた。数時間彼女と普通のデートを行っていたために、余計ペニスから冷たい液体が漏れている。すぐにでも触りたい気持ちを抑えて、寺内は視線を送った。 「あっ、やばい。いくいく。」 鼻にかかった声に艶が加わって、小島は唇を閉じ込めた。目にぎゅっと力を込め、小島は体全体をびくんと小さく跳ねさせた。張り詰めた緊張が解け、彼女は深く息を吐いた。 「はぁ…でもまだ足りないな。あ、寺内くん。これおかずにして今夜しちゃダメだからね?」 そう言いながら乱れた服を整え、彼女は寺内から視線を引き剥がした。今すぐにでも襲ってしまいたい、そんな感情をぐっと押し殺し、寺内はゆっくりと頷いた。 大きな荷物を抱え、マンションのエントランスに消えていく小島の後ろ姿を横目で見ながら、寺内はシートを倒した。マルボロを抜いて火をつける。ゆっくりと煙が上がっていき、どれだけ肺にニコチンを入れても、寺内が作り出したテントは消えなかった。 「はい、これどうぞ。」 たまたま平日に会うこととなった小島はデニム生地のショートパンツ、下に濃いデニールのタイツを履いている。フリルの付いた白いシャツは、先日寺内とのデートで購入したものだった。 少しだけ暖かくなった陽気に、小島ははしゃいでいた。どうやら今日は散歩をするらしい。寺内も少し軽装だった。 彼女が渡してくれた水を飲み、2人は歩き始めた。目的地はなく、ただぶらぶらするのみ。コンクリートを踏みしめて、ビル群の下を進んで行く。その間2人は中学時代の思い出話に花を咲かせた。あの教師がどうとか、隣のクラスのあの子はこうだったとか、そんな他愛もない話。気付けば1時間も経過し、徐々に足に疲労が溜まる。 寺内はそろそろかと考えていた。一体本当に高値で買うことになるのか、それとも金はいらないのか。寺内は蓄えた貯金をどれだけの額崩すことになるのかと頭を巡らせていた。 「ねぇ、ちょっとこっち来てよ。」 寺内の着る青いブルゾンの裾を引っ張った小島は爪先を内側にしていた。どこか足をくねらせて少し目を潤ませている。 小島に引っ張られていった先はビルとビルの間に生まれた細い路地だった。反射した太陽の光がどこからか飛んできて、暗い昼の空間が生まれている。大きな室外機を2人で挟み、小島は言った。 「こんなところに人来ないって分かってるから。だからさ、見てて。」 そう言って小島はショートパンツに手をかけ、ゆっくりと下ろした。真っ白な肌がビルの隙間であらわになる。太ももからタイツを引き剥がすのに少し時間がかかっているのか、腰をくねらせながら小島は言う。 「もう限界でさ。目逸らさないで、おしっこしてるところ見てね。」 ようやく拝んだ小島の膣は量の多い陰毛をくねらせていた。大陰唇の端が見えて、寺内のペニスはそれだけで硬くなってしまった。何にせよもう1週間以上ご無沙汰なのだ。それに加えて今まで散々焦らされた彼女の秘部が日常を裂いて突然現れたのだ。柔らかな小陰唇が毛の下に見える。小島はしゃがみ込み、上目遣いで寺内を見た。 「あっ。もう出ちゃう。」 その一言が限界を超えたようだ。何故か音が先行し、コンクリートを尿が打ち付けていった。薄い黄色の液体がグレーを黒に染めていく。寺内にスカトロの性癖はない、ただこの瞬間だけは自分でも驚くほど興奮していた。セックスとは秘密を分け合うものだ。その人が普段見せない感情を晒け出す、より自由に、解放的になることができる。もしかしたら今この状況はセックスと酷似しているんじゃないだろうか。街にいくつもあるトイレという、用をたす以外に使い用のない場所。そこではないこの路地裏で、近い距離で、彼女の秘密を見ているのだ。 「止まんないや…。」 大きな音を立てて彼女から排出されていく尿は寺内の爪先にまで到達した。時間にしてみれば数秒程度の放尿だろうが、寺内にとっては1時間にも感じた。尻をゆっくりと上下に振り、小陰唇に残留した尿を散らす。何故か小島はタイツとショートパンツを履き直すことなく、踝に添えたまま立ち上がった。 「舐めて。クリはダメだよ、おしっこだけね?」 寺内の決意は固まっていた。ここまで来たならとことん従ってやろう、ペニスが彼女の体内へ辿り着くまで。主導権くらい握らせてやろう。 目と心に火が宿ったように、寺内はビルの隙間で彼女の黄色い滴を一滴残らず舐めとった。 仕事は休んだ。意外にも職場の人間からは信頼を得ているため、新作のアイディアが沸くまで家にこもるとさえ言えばいい。 ペニスは硬直していない。早く彼女としたいだとか、そういう性的欲求ではない。どうやったら彼女を攻略できるのか。俺は一体どうやったら主導権を握れるのだろうか。 あれから2週間、小島からは何の連絡もなかった。もちろんこちらから追加連絡をすることはない。だからこの忍耐が一番辛いのだ。俺は一体彼女にとってどのような存在なのだろうか。秘部を見せ合い、セックスには達していないものの、ただの友人なのだろうか。様々な思考が寺内を蝕み、何故か彼は数日かけてゆっくりと痩せこけていった。やつれていく彼は部屋の真ん中でタバコを燻らせながら、何もできない日々が続く。だからこそ2週間後、彼女からの連絡が来た時、寺内は携帯に飛びついてしまった。 メールには簡潔な文章のみが表示されていた。 「明日の夜20時、うちに来て。」 いよいよだ、寺内は喜びよりも達成感が勝っていると感じていた。彼女と繋がることができる喜びではなく、ようやくこのゲームを終えることができる、そんな感覚だ。 知り合いのデザイナーに貰った棚の一番上の引き出しを開け、白い箱を手に取った。まだ未開封のコンドームは6個入り。普段ならせいぜい2個ほどしか使わないが、今回ばかりは6個全て使う勢いでいこう。ベッドの上で今までの鬱憤を晴らしてやる。寺内はペニスではなく、意思だけを硬直させていた。 記憶を頼りに住宅街を走り抜ける、いつもより強めにアクセルを踏んでいたのは、寺内自身も気が付かなかった。 エントランスの隣にある出入り口へ滑り込み、来客用のスペースに車を停める。7階建のマンションは真っ白な外壁で、周囲の少ない街灯を含んでいた。彼女は7階の端に住んでいる。エレベーターが開き、乗り込んだ。誰も寄せ付けないような早さでボタンを押す。少しがたがたと揺れながら上昇する密室空間で、何故か寺内は息が上がっていた。 点々と置かれた内廊下を踏みしめていく。カーペット素材の床に寺内は沈んでしまいそうな感覚を覚えていた。もしかしたら彼女の元へ辿り着く前に、奈落の底に落ちていくんじゃないだろうか。何か良からぬものが働いて、寺内はこのマンションの外壁に閉じ込められてしまうのかもしれない。そんな不安だけが先行していた。 718号室はマンションの端、このフロアの中で部屋の規模が少し大きかった。インターホンを躊躇いながら押す。はーいと彼女の声がすぐに帰ってきた。 「時間ぴったりだね。」 ピンクがベースになったTシャツには国民的アニメーションのネズミがプリントされていた。グレーのスウェットが彼女の足を隠している。メイクは薄かった。 少し狭い廊下を真っ直ぐいくと広めのリビングにぶつかった。左手にはオープンなキッチン、カウンターのような造りの奥にL字のソファー、向かいにはテレビがあった。その後ろには白を基調としたテーブルが置いてある。 テーブルの右手にある扉は開かれており、暗い隙間からベッドの角が見える。ショルダーバッグをソファーの前に置き、寺内は浅く腰掛けた。 「今日泊まっていきなよ。ほら、ビール飲も?」 彼女の両手には缶ビールが握られていた。もちろん受け取ろう、酒に任せてコンドームを使い切ってやろうじゃないか。口端を吊り上げ、寺内は缶ビールを受け取った。 プルタブを開け、缶を突き合わせる。それから小島がセレクトしたという映画を見ながら、2人は晩酌を続けた。このシーン最高だね、あの役者がいいよね、寺内は何気ない会話を心がけた。 映画評論家が絶賛したと言われるSF作品を見て、寺内はソファーに背を預けた。缶ビールとチューハイを空け、小島は少し酔っているようだった。頬がほんのり赤く、しきりに息をふーと吐いている。 「そうだ、寺内くん。目瞑ってよ。」 なんだろうか、酒の勢いで普通にセックスでも始めるのだろうか。自分でも酒が強いとは分かっているため、少し体を熱くさせたまま、寺内は目を瞑った。 「まだ目開けちゃダメだよー。」 やはり酔っている、声がいつもより大きかった。何かごそごそと物音がするものの、何が始まるのかは分からない。闇を求めているものの周りの明かりが透けている瞼が、一瞬で闇に閉ざされた。アイマスクだ。目を瞑っているのに何故上からアイマスクを被せるのだろうか。 「さ、これは手ですよー。おっきしましょうねー。」 ほんのり温かい彼女の手が触れる。確かにこの状態じゃ子どもみたいだな、そう思いながら寺内はゆっくりと立ち上がった。 寺内は人の家に上がった際、家の内部を記憶する癖がある。それは仕事に生かすためだ。家具や内装からその人の趣味嗜好や感性の上澄みを掬い取り、新作に取り入れる。今までデザインしてきた服がどれも好評なのは、そういった観察を怠らないからだ。これまで抱いてきた女の部屋が仕事に繋がるというわけである。だから今小島が彼をどこに連れて行こうとしているのかはすぐに理解できた。 感覚で分かる。リビングから寝室へ移動し、ぱちんと小さな音がした。以前暗い状態だが電気を点けているのだろうと推測できる。 寺内はベッドに座らされた。そのままゆっくりと押し倒される。仰向けのまま、小島は彼の両手両足を大胆に開かせる。ベッドの上で大の字になって、小島の声が何故か少し奥から聞こえた。 「まだ取らないでねー。」 何の音だろうか。布が擦れるような音が聞こえるも、寺内は考えることをやめた。 少し冷たい感覚が手首と足首に触れる。それが何か気が付いた時には、思考の停止を少し悔いた。ただすぐに切り替えていこう。最終的にこちらが主導権を握ればいい、それだけなのだ。 「さて、アイマスク外すね。」 ぱっと闇が取れた。ゆっくり目を開けると、寺内の上に小島が跨っていた。問題はその服装である。 先ほどまで子どものような寝間着だったにも関わらず、黒く光るボンデージ姿だった。胸を隠す革のような素材からふくよかな乳房が溢れそうで、局部だけをしっかりと隠しては周りの肌を露出させていた。SMプレイでよく見られる拘束具だ。 「手枷足枷にその服か、随分用意周到だな。」 寺内は大の字のまま、手足を拘束されていた。鋭いほど部屋を照らす照明の手前で小島は彼を見下ろしていた。 「私が処女を売っているっていう噂。少し違うんだ。」 そう言って彼女はジーンズのホックを外し始めた。何故かまだペニスは硬直していない。 「20万とか、3万とか、はたまた500万とか。高値で売ったこと一度もないの。お金足りないから私とエッチできない、じゃないの。皆さ、私についてこれないの。」 ジーンズを膝まで降ろし、ボクサーパンツを剥ぐ。ぺたんと腹に垂れたままのペニスが小島の寝室であらわになる。 「エッチって一言にいうけど、色々な種類あるじゃん?SM、スカトロ、寝取られとかさ。それを処女捨ててから知るのと、処女を捨てる前に知るのと、どっちが有益だと思う?」 まだ柔らかいペニスに彼女の唾が垂れる。ひんやりとした感触が剥き出しの亀頭に染みた。 「飲み会も同じだと思うの。自分がどれくらいで酔うとか把握しないでバカみたいに飲んじゃうと酔い潰れたりするでしょう。だから先にお家で試した方がいいの。缶ビール何本、缶チューハイ何本で酔うのか、自分の体にどれくらいのアルコールの量が適しているのか、事前に知っておかないといけないでしょう?だから、自分にとってどの性癖が適しているのか。本番を迎える前に全部知っておかないと、勿体無いじゃない。」 寺内の白いワイシャツにはストリートのグラフィティーアートが点々とプリントされている。小島はボタンを一つ一つ外して、寺内の目を見ていた。 「だから試したの。寺内くんだけなんだ、こんなに付き合ってくれたの。他の人はローター仕込んだっていう事実を知って結構引いちゃうんだよね。おかしな話でしょ。散々インターネットで見てるような状況なのについてこれないんだもん。誰も性に対して真剣に向き合ってないの。」 気付けば寺内のペニスは爆発寸前のような膨らみを帯びていた。小島の唾と先端から漏れる透明な液体が混ざり合い、亀頭を刺激していく。時刻は22時半、昼間のような明るさの中で、小島の手が速くなる。ペニスの先端に詰まった熱は破裂寸前だった。しかし彼女はそれを理解しているのか、脈が放たれる寸前で右手からペニスを解放させた。 「もういきそうだったでしょう。ダメだよ、まだ夜は長いんだからさ?」 そう言ってはだけた胸元に吸い付くように、彼女はゆっくり倒れこんだ。寺内はようやく声を絞り出して言った。 「散々弄んで、楽しいか。」 「えー、寺内くんがそれ言いますかね。今まで散々色んな女の子のこと弄んできたでしょうに。人のこと言えないでしょ。」 小島は寺内の乳首を、彼の目を見ながら舐め始めた。白く柔らかい肉付きの太ももがペニスに当たっては離れてを繰り返し、その度体がびくんと跳ねる。みっともない声が寝室に響いて、小島は彼の乳首を口端で甘く噛みながら笑った。 「私、意外とSなのかも。焦らすのって結構楽しいね。男の人って乳首感じない人多いと思うけど、どう?」 空いている乳首を左手で触れ、小島は言う。正直な話、自分が乳首で感じるとは、寺内も思っていなかったのだ。 「びくびくしてるから感じてるんだね。その表情、いいじゃん。」 妙な感覚だった。ペニスへの直接的な刺激ではないものの、いずれ吐き出すであろう寺内のエクスタシーをくすぐるような気持ち良さが彼を支配していた。時折ペニスに触れる柔らかな白い肌、乳首に走る新たな刺激、寺内は限界だった。 「なぁ、もう挿れてくれないか…もうダメだ。」 まさか自分がベッドの上で弱音を吐くとは思わなかった。プライドが折れたような感覚が腹の奥にある。しかしペニスは硬いままだった。 「実はさ。私、明日誕生日なんだ。もう25歳。先月かな、中学の卒業アルバム見たらさ、25歳までに大人の女性になるって書いてあったの。だからそれを叶えるためにも、24時になったら挿れてあげるよ。」 あと1時間はあった。それを聞いて寺内は絶望に似た表情を浮かべてしまった。何故ここまで焦らされるのか、もうやめてくれ。そんなマイナスな感情が頭の中で渦巻くものの、体は正直だった。それが余計に辛かった。 「さて、まだまだあるよ。男の人って電動バイブ効くのかな。あ、あとローターね。どうせ乳首に当てたら感じるだろうけど、アナルには入るのかな。漫画で見たけど、前立腺に効くとかさ。あとはロウソクかなぁ。痛みが気持ち良さに変わる瞬間もさ、女性は分かるだろうけど、男性は分からないでしょう?もしかしたらずっと痛いかもしれない。それはさ、話し合いながら決めていこうよ。」 小島の目がどろりと溶けそうな灰色に変わった。小島は男を知らないんじゃない、知ろうとしすぎているのだ。誰よりも性に貪欲で、全てを試してからじゃないと挿入はしない。狂気にも近い性への探究心が彼女を支配していると心の中で思った時には、もうとっくに手遅れだった。それは彼女の表情だけじゃない。自分の中身だ。 寺内は今、この状況を楽しんでいる。むしろもっとしてほしい、もっとセックスの主導権を握ってほしい、いつの間にか小島可奈子という深すぎる沼に旋毛まで浸かってしまっていたのだ。段々と屈辱が快感へと変わり、寺内は予想だにしない言葉を口にしていた。 「か、加奈子。もっと…。」 その言葉を待っていたかのように、小島は寺内の上でありったけの笑顔を見せた。中学校の卒業式、部活の後輩から貰ったという花束を握りながら彼に近付いてきた小島の笑顔が彼女の後ろに薄く投影された。 (そうか。俺はあの時、加奈子の笑顔に惚れたんだ。) 10年以上前に、寺内は沼へ一歩踏み出していたのだ。 「じゃあ、色々試そうね。準備はいい?柊太。」 その言葉に熱いものがこみ上げてきた。その熱いものが溢れ出た時、それが精液ではなく涙だと気付かなかった。 目尻から落ちた一滴が枕に染みた時、再びペニスが小島の両手に包まれ、寺内は白い沼の中に溺れていった。
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